ファンレター

こんにちは、うさよしです。
以前Twitterで「こんなお話しいかがですか」という
お話しメーカーのようなものがありました。

↑このようなお題が出たので
ちょっと書いてみようかな、くらいの気持ちで書いてみました。
お時間ありましたら、お付き合いください。


ファンレター

手紙が届いた。差出人の名前はない。

近所に住む子供のいたずらか?
そう思いながら封を開けると
小さいメモ用紙が1枚と、くしゃくしゃにしわの付いた作文用紙が1枚、入っていた。

メモ用紙には一言「提出し忘れたから、出しといてください。」
と書いてあった。

見覚えのあるその筆跡は、間違いなく自分ものだった。

そこで、記憶がフラッシュバックする。

時は15年前、小学校の夏休み明け。

「ショウタ君、作文の宿題がでてませんよ?どうしたの?」

はるこ先生が少しかがんで、床を見つめるぼくの顔色を伺った。

はるこ先生は担任の先生で、やさしくて、怒ると少しこわくて、
笑うとすっごくかわいい。

友達から悪口を言われた時も、先生は気付いてぼくを守ってくれた。
ぼくは先生の事が大好きだった。

だから、夏休みの宿題で提出する作文に先生の事を書いた。

書き上げた時は、提出する時の事なんか考えてなくて満足感でいっぱいだった。

でも当日になったらやっぱり恥ずかしくなって、
自分の部屋のゴミ箱にくしゃくしゃに丸めてつっこんだ。

当然、提出するつもりはなくて「書いてない」と嘘をついた。

「じゃあ明日まで待つから、書いて持ってきてね。」

と、はるこ先生は言った。

ぼくは仕方なく、その夜に「大切な思い出」について適当な作文を書きあげた。

家族とか友達との思い出も大切には違いない。
けど、ぼくが出したかったのはその思い出じゃないんだよな。

そんなことを思いながら、書き上げた作文用紙を丁寧に折りたたんで
ランドセルの中にしまった。

そして次の日、はるこ先生は教室に来なかった。

代わりに教室に来た教頭先生の話だと、しばらく入院する事になったらしい。

結局、作文の出し忘れの事はうやむやになって、
ぼくは書き上げた作文を出さなかった。

最高にラッキーだ。
そう思う反面、自分の真面目さが罪悪感を生んで、胸のあたりがざわついて仕方なかった。

先生が戻ってきたら出そう、そう思って作文は自分の部屋の引き出しに放りこんだ。
ついでに、くしゃくしゃにして捨てた作文も拾って、一緒にしまったのだった。

そして大人になった今、なぜその作文が手紙として届いたのか。
しかも、恥ずかしくて出せなくて、一度は捨てた方のくしゃくしゃになった作文が。

幼い気持ちで書かれた文章は、表現がストレート且つ、感情が丸出しで、
今読んでも恥ずかしくて、胸のあたりがむず痒くなる。

湧き上がる羞恥心が爆発して、この作文と共に宇宙の彼方に行けたなら
もれなく一緒に消えてなくなりたい。

そんな恥ずかしい作文を、本当ははるこ先生に渡したかったあの時のぼくは
タイムカプセル郵便を使って大人の自分に託したのだった。

そう、あの日から、はるこ先生は戻ってこなかった。
だから、作文はずっと出せないままでいた。

だからって、

「出しといてください。」じゃないだろ。それが人にお願いするやつの態度かよ、と
心の中で子供の自分に悪態をつきながら、小学校に向かった。

勢いで来てみたものの、さすがにもういないだろうと思った。
いなかったら当然、作文は無きものとするつもりだ。

両方の期待を込めて「すいません。卒業生なんですけど、梅田はるこ先生ってまだ在籍していますか」と
事務室の職員に声をかけた。

すると、「ショウタ君?」と懐かしい声が返ってきた。

なんと声をかけた事務職員こそ、懐かしのはるこ先生だった。

「お、お久しぶりです。」
思っていたよりも早くお目当ての人物が出てきたことに驚き、
緊張で声が上ずった。

年を取って、多少見た目は変わったが
元気だった?とにこやかに笑った顔は、あの時のかわいいはるこ先生のままだった。

当時の思い出話もそこそこに、ぼくは作文を先生に手渡した。

「すいません、出し忘れてました。」

はるこ先生はキョトンとしている。

「僕、夏休みの作文を出し忘れてたんです。"僕の大切な思い出"っていう作文。
 先生に読んでもらいたくて、今日、渡しに来ました。」

「律儀だと思うけど、今更、出してくれなくてもいいのに。」
先生は苦笑いしている。

「僕、小学校で4年間、ずっとクラスのやつに悪口言われたりとか、物隠されたりとかされてきてて。
 最初の担任の先生も、気づいてたけど見て見ぬふりっていうか、しっかり注意とかしてくれなくて、
 ずっと悩んでたんです。学校行くのやめようかなって。
 でも、はるこ先生だけはちゃんと注意して、止めさせてくれて、
 よく我慢したね、つらかったね、って声かけてくれて、そのおかげで学校に通えました。
 その時の事を作文に書いてたんです。だから、別の先生じゃなくてはるこ先生に渡したくて、ずっと出せませんでした。」

「先生として、当たり前のことをしただけだよ。」

そう、当たり前のことかもしれない。でもそれができない大人もいた。
学校に行くこと、大人を信じること、いろんなことを諦めてしまおうとしていた子供の僕をはるこ先生は救ってくれた。それが僕の大切な思い出だ。

かわいくて、かっこいい、僕にとっての憧れのヒーロー。それがはるこ先生。
作文にはそう書いてある。その想いは今でも変わっていない。

ここまで来たら、恥ずかしかろうが何だろうが、もう渡すしかないのだ。
信じて託されたお願いをきくのも大人の務めだ。

「遅くなりましたけど、提出、受け付けてもらえますか?」

黙って頷いたその瞳があんまり優しくて、僕は泣いてしまった。

END.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?