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ヤフー取締役常務執行役員、宮澤弦は、 なぜコロナの真っ只中に、軽井沢に移住をしたのか?(前編)

アフターコロナ時代のあり方とは

 コロナがやってきた今、求められているのは、大きなパラダイムシフトだと思っています。ビジネスも、経営も、組織運営も、働き方も、ライフスタイルも、大きく変えなければならなくなっている。もう、かつてのやり方ではうまくいかなくなってきているのです。

 では、アフターコロナ時代のあり方とは、どのようなものなのか。それを経営者でシェアしたくて、オンラインサロン「Honda.Lab.」の経営者向けサロン「Honda.business Lab.」において、さまざまなゲストを招いてディスカッションをさせてもらっています。

 その中から、とっておきのエッセンスを記事化してnoteで紹介することを考えたのが、この企画。

 今回は、ヤフー取締役常務執行役員の宮澤弦さんです。約3500億円の売上高を持つメディアカンパニーのトップ。1982年生まれ。東京大学卒業後にシリウステクノロジーズを創業し、2010年8月にヤフーにより買収され、ヤフー入りします。

 彼との出会いは、このお祝い会を4人でやった事が始まりで、その後フランスに旅したり、定期的にワイン会をやったりするようになりました。

 ヤフー入社後は、YDN(インタレストマッチプロジェクト)のプロジェクトリーダーになり、2014年に当時最年少で執行役員に就任。検索サービスカンパニー長を経て、2016年から現職で、ヤフーのメディア事業をすべて見ています。

 言うまでもありませんが、とんでもなく優秀です。しかも、これだけの事業を任せられながら、気負ったところがまるでない。普通は気負うものだと思いますが、大きな会社にいるようにも見えない。昔とまるで変わっていないのです。

10月から場所も時間も問わない働き方に

 ヤフーについてはいろんなイメージを持っている人がいると思いますが、売上高約1兆円のうち、今やメディアの事業は3分の1なのだそうです。残り3分の2はコマース事業。これだけの企業でありながら、実はとんでもないフットワークで変化してきた会社なのです。

 しかもZホールディングスというくくりで見てみると、ZOZOを買収したり、LINEとの経営統合を発表したり、まさに考えられる最高のことしかしていない、というのが僕の印象です。

 LINEとの経営統合が実現すると、アジアにも展開するグローバル企業になり、もしPayPayとLINE Payが合わされば、デジタル決済領域でも大きな存在感を持ちます。いつの間にか、ヤフーがとんでもない会社になっていることに、多くの人が気づいていないような気がしてなりません。

 そして宮澤さんもそうですが、優秀な人材がたくさんいる。背景にあるのは、会社の買収とは、すなわち優秀な人材を取り込むことでもある、ということです。とりわけ起業家をはじめとした実績のある経営人材を買収と同時に「買って」いるのです。実際、今の経営幹部の多くが、買収した会社から来ています。こういうこともあまり知られていません。

 そして今回のコロナでも、とんでもない取り組みをいち早く打ち出しました。2月からリモートワークを全社体制で推し進めていましたが、10月1日から「リモートワークの回数制限およびフレックスタイム勤務のコアタイムを廃止」を宣言。つまり、社員全員が、場所も時間も問われない、完全に自由な働き方になるということです。


 世の中には、コロナが落ち着いて、いち早くリモートワークから元の通勤体制に戻してしまった会社もあるようですが、今やLINEを合わせれば4兆6000億円の時価総額を持っている会社がやろうとしていることは、それとは真反対のことです。

 もし、会社が元のやり方に戻ろうとしていたら、真剣に心配したほうがいい。もう時代は完全に変わっているのですから。そして後に詳しく書きますが、売上高の3分の1について責任を持つ会社の経営幹部の一人、宮澤さんはすでに東京の家を引き払って移住してしまっているのです。

一度、立ち止まって何が正しいのか考えよう

 コロナについて、ヤフーが働き方を変える動きを始めたのは、2月からだったようです。宮澤さんは語ります。

「まずは在宅勤務が推奨され、コロナが深刻化するにつれて強く推奨、在宅勤務をしてください、という感じにどんどん強めていきました」

 そうした中で、わかっていったことがあったと言います。それは、出社しても在宅でも、実は変わらなかったということです。

「できちゃったんですよね。少なくとも半年間、大きな生産性の低下とか、大きな問題とか、社員の大半にメンタルの課題が出るとか、そういうこともなかった」

 もちろんここに至るには、システム投資やインフラ投資を会社としてやっていたこともあるでしょう。iPhoneを全員に配り、zoomも使えるようにしていたのですが、それには理由があったようです。

「地震や災害があると、ヤフーは緊急対応するんです。週末などオフィスにいない場合でも、きちんとメディアの運営ができるように、セミ在宅勤務のようなシステムが回っていました。そんな中で全社の在宅勤務に突入したんですね」

 週末にやっていたような勤務体系が通常になった。そんな捉え方を社員はしていたといいます。

 一方で、会食もなくなり、移動の時間もなくなり、その時間を他のこと、違うことに使えるのでは、ということに気づいていきます。

「経営陣で話をしたのは、それまでを正しいものとするのではなく、ここで一度立ち止まって、働き方として本当に何が大事なことなのか、考え直すほうがいいのではないか、ということでした」

 ヤフーがしていたのは、本質的な議論でした。本当に元の状態がいい状態だったのか。そこから議論することにしたのです。

「会社って、集団で集まって結果を出す存在ですよね。であれば、仕事を家でやってもいいはずだ、と。元も戻すことが正しいとも思わないし、少なくとも在宅勤務がやりやすい事業でした。だから、ちょっとトライしてみようと」

大きなホールでキックオフ、は不要だった

 その「ちょっとトライ」というのが10月からの全社員で働き方が自由になることでした。そのために人事制度も大きく変えました。もちろん業績に問題が出れば再検討もするのだと思いますが、この大胆な「実験」をグループで約1万人の規模の会社がやるのです。

「LINEと一緒になると、その倍くらいの規模になりますから、そこで基本が在宅勤務というのは、相当チャレンジングですよね。おそらく想定していなかった問題も、たくさん出てくると思います」

 もちろん、そのための手は打っています。在宅勤務が基本でも、出社したほうが生産性が高いものはそうする。オフィスをすべて解約するようなことはないようです。

「例えばディスカッションをするときには、Zoomでやるよりも、パッと集まってやったほうが、生産性が高くなったりしますよね。オフィスはできるだけ減らしますが、そういう場に使います」

 また、直接のコミュニケーションが必要な場合も、組織にはあると語ります。

「大きな人事異動だったり、ネガティブなフィードバックなどシリアスな話があるときには、やはりZoomでやるよりは、直接会って話したほうが、フォローがしやすいと考えています。オンラインで、時間が来たので、はい終わり、みたいにはするべきではないですよね」

 ただ、それ以外はZoomで十分。朝礼やキックオフなども、見直しが進んだと言います。実はいらなかったものに、気づいたのです。

「僕の部門は2500人くらいいるんですが、全員が入るホールを借りてキックオフをやっていたんです。それももう必要ない、ということがわかりましたね、今回」

 今は動画を撮影し、プレゼンテーションの資料も入れ込んで、社員に見てもらっているそうです。

「そのほうが何度も見られるし、リアルタイムで参加できなかったとしても、自分の見たいときに見られます。もちろん一体感の醸成のようなものは大事だとは思いますが、今のところは、あまり問題なくできていますね」

トップ層からの情報発信は頻度高くする

 実はコロナが来てから、むしろトップからの情報発信を増やしているのだと言います。

「やはりフェイストゥフェイスではなくなっているので、指示を受ける側の現場の社員は不安だと思うんですよ」

 特に若いエンジニアには、独身で一人暮らしだったりする。一人でずっとコードを書いていたりすると、どうしても鬱々としてくる。

「家族がいれば別だと思いますが、そうでない社員もたくさんいるわけですよね。だから、できるだけトップ層からの情報発信は頻度高くするようにしています。今はここを目指していて、今こういうステータスにあるよ。とか、ここからこういうふうにしていこうと思っているよ、という話は、かなり意識して発信していますね」

 緊急事態宣言中は、宮澤さんは毎日、部門のメンバーにメールを出していたと言います。今も週に一度は必ず長文のメールを書き、今どんなことを考えて、どんなことをやっているか、発信するようにしているそうです。

「やってみたら案外うまくいった、というのがこの半年で起こったことだと思います。それでいいじゃない、ということにみんな気づき始めている。思い切って会社全体でやっていくんだ、というところまで腹を決める会社も少ないと思いますけど」

 そんな中、宮澤さん自身が大胆にも選択したのが、東京を離れて軽井沢に移住することでした。6月のことでした。時間と場所に縛られない新しい働き方にチャレンジしようとしているのが、ヤフー。自ら新しい働き方を率先して体現したかったのだと思います。

「僕みたいに東京の家を引き払って軽井沢に籠もっちゃう人も珍しいと思いますが、ウジウジ議論していても、結論がない世界だとも思っているんです。いろんな課題があって、乗り越えていくのが、正しいアプローチなんじゃないかと」

 それにしても、別荘感覚で軽井沢に行くこともできたはずですが、家ごと移住してしまった。ここに宮澤さんの覚悟を見ます。

「コロナ自体、世界的には初めての現象です。ここまでのパニックはなかなかなかない中で、正解はないですよね。それは自分たちで仮説を立てて、検証していくしかないんじゃないかと思っているんです」

 僕もそれは強く感じています。そもそも変化する中で完璧なものなんてない。だから、やりながら考えるしかない。走りながらアジャストしていけばいい。

「去年やっていたことを今年もやりましょう、というのが長く続いたのが今までの日本企業だったと思うんです。こういうタイミングに大きく未来志向で切り替えてみることは、いいことだと考えています」

 自分の暮らしたい場所に暮らす。やろうと思えばできるのです。そしてそれは、間違いなく仕事にポジティブに影響する。ハワイと東京のデュアルライフをし、世界を旅しながら仕事をしていた僕は、それをよく知っています。

 そして今、コロナで多くの人がこのことに気づき始めているのです。

(後編に続く)


※本内容は2020年7月24日時点の情報に基づき記載しています。

(text by 上阪徹)

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