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リレーエッセイ「わたしの2選」/『ブラックリスト』『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』(紹介する人: 蔭山歩美)

映像翻訳者の蔭山歩美です。日本映画に英語字幕をつける仕事をしています。今回リレーエッセイ執筆のお話をいただいて、どの作品をおすすめしようか悩みました。というのも、平日は朝食のお供に連続テレビ小説を見て、昼休みに30分のドラマやバラエティやドキュメンタリーを見て、息抜きにゲームで遊び、夜は日本のドラマや海外ドラマやアニメを少なくとも2~3本は見て、お風呂では音楽やポッドキャストを聞いてリラックス。休日になると映画を見たり、ドラマを一気見したり、本やマンガを読んだりと、津村記久子さんの言葉を借りれば物語消費しすぎ地獄に落ちそうな日々を送っているので、好きな作品を2本に絞るのは難しい。そこで日英の映像翻訳者として勉強になる作品を選んでみました。

ブラックリスト

日本語の作品を英語字幕で見るのも勉強になりますが、英語の自然な表現を学べるのは、日常生活のシーンも多い海外ドラマ。『ビリオンズ』『ホームランド』『ブレイキング・バッド』『マダム・セクレタリー』『The OA』『The 100/ハンドレッド』『グッドガールズ: 崖っぷちの女たち』『ウェントワース女子刑務所』『ヴェロニカ・マーズ』『FARGO/ファーゴ』『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』『ゲーム・オブ・スローンズ』など、好きなドラマは数えきれないほどありますが、今回おすすめするのは『ブラックリスト』です。

主人公レイモンド・“レッド”・レディントンが言葉巧みに周囲の人々を巻き込むこのドラマ。ウイットに富んだレッドのセリフは、字幕に収めるのがさぞ難しいだろうと思います。ですが神田直美さんと武田佳子さんの日本語字幕が毎度すばらしく、「日本語のこの表現は英語でこう言えばいいのか!」と、英日の映像翻訳者が日本語字幕を写経するのとは逆方向で学んでいます。いつもドラマを見ながら使えそうな表現をスマホでメモしていますが、その頻度は『ブラックリスト』が一番高いです。私は英語音声と日本語字幕で視聴することが多いのですが、日本語吹替版を流しながら英語のクローズドキャプション(CC)を表示する勉強方法もあります。知らない単語は聞き取れないので語彙を増やすにはこちらのほうが良いかもしれません。ちなみに『ブラックリスト』吹替版のレッド役は大塚芳忠さん。良いに決まってる……!完結したら、日本語吹替版でシーズン1から見直したいです。

Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018

推し作品を2本に絞るのに悩んだ私ですが、ジャンルを問わない推しなら思い当たる存在が。日本のバンドthe pillowsです。学生時代からライブに通い続け、コロナ禍以前は各地にライブ遠征もしていました。そんなthe pillowsが30周年記念に制作した『王様になれ』という映画があり、ありがたいことに英語字幕を担当させていただきました。プロデューサーから正式にご依頼いただいた時は夢のようでした。ですが、その後が大変。というのも映画自体はフィクションですが、the pillowsが存在する世界の物語で、ライブシーンも出てきます。ということは当然、歌詞を翻訳する必要があるのです。好きだからこそプレッシャーも半端なく、胃が痛いお仕事でもありました。幸い着手まで少し時間があったので、まずは『井上陽水英訳詞集』と『ロックの英詞を読む』を読んで準備開始。

どちらもとても参考になったものの、やはり英語字幕として歌詞がつけられている作品を見てみたい。そこでふとNetflixに日本のミュージシャンのライブ映像があることを思い出し、たどり着いたのがこの『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』でした。Netflixの日本語作品は英語字幕つきで世界に配信されているので、「宇多田ヒカルのライブなら、英語字幕があるのでは?」と思って字幕オプションを見てみたら、ありました!ファンといえるほどではありませんが、私は宇多田ヒカル世代なので、CDを買って知っている曲も多々あります。これは勉強にうってつけだと思い、さっそく視聴。日本語の作品を英語字幕で見ていると、担当翻訳者の戦略が見えるのですが、この作品に関しては「なかなか大胆だな」と何度か感じました。楽しみながら見終わり、翻訳者のクレジットが出るかなとぼんやり見ていたら、目に入ったのがこの文字。"English subtitles: Hikaru Utada" なんと、ご本人による英語字幕でした。大胆な訳にできるのも納得です。後で調べたところ、宇多田さんもNetflix公式も配信が開始された当時にツイートで宣伝していたので、ファンの間では有名な話だったようです。


"the lyrics are all translated by me"!「翻訳に正解はない」とはよく言われますが、正解がある稀有なバージョンに遭遇しました。

■執筆者プロフィール 蔭山歩美(かげやまあゆみ)
映像翻訳者。古書店に就職後、複数の翻訳学校での学習を経てフリーランス翻訳者に転向。2020年まではナショナルジオグラフィックなどのドキュメンタリー番組の英日翻訳も担当していたが、現在は英語ネイティブ翻訳者とペアで日本語作品の英語字幕を専門に手がける。担当作品は深田晃司監督/星里もちる原作『本気のしるし』、エドモンド・ヨウ監督/吉本ばなな原作『ムーンライト・シャドウ』、吉野竜平監督/津村記久子原作『君は永遠にそいつらより若い』、安川有果監督/島本理生原作『よだかの片想い』、古舘伊知郎トーキングブルース『歌舞伎町の薬剤師』など。

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