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星野靖子「翻訳者雑感 ことばと文化」

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翻訳者雑感 ことばと文化(星野靖子)声なきオオカミたちの物語

キリスト教圏で春の訪れを祝う復活祭(イースター)の季節、ネットで見つけたソルブのイースターエッグ(Sorbische Ostereier)の写真が目を引きました。在ドイツ西スラブ系民族ソルブの伝統工芸による精彩な三角模様は「オオカミの歯」を表し、魔除けの意味があるそう。※ ソルブのイースターエッグ ©gedankenabfall 英文学の名作『ジャングル・ブック』にまつわることばと文化、今回はこの「オオカミ」について考えていきます。↓前回記事はこちら 聖獣か悪魔か オ

翻訳者雑感 ことばと文化(星野靖子)ジャングルをめぐって

正月に息子たちと『劇場版ポケットモンスター ココ』を観ました。親子の愛や友情というテーマはもちろん、翻訳者としては特に、ポケモンと人間の言語や生活の違いを描き分けた部分に注目しました。両世界の間で悩む人間の少年ココは、異文化間の伝え合いに日々悩む翻訳者のよう。そして、ネタバレになりますので書きませんが、終盤では通訳翻訳者の職業柄おなじみの、あの言葉が登場します。 また、作品全体からは英文学の名作『ジャングル・ブック』へのオマージュが感じられました。そこで、これから2回にわた

翻訳者雑感 ことばと文化(星野靖子)新しい日本語の書きことばを作った翻訳家・若松賤子(後編)

後編では、奇跡の名訳と評される訳文を生み出した翻訳家・若松賤子の経歴、人物面に注目していきたい。『小公子』の翻訳についてご紹介した前編はこちら。 圧倒的な語学力と文章力インターネットやスマホ、PCのない幕末維新の時代にも、語学に長けて優れた翻訳作品を著した人物は少なからず存在した。国家の近代化を進めて西洋列強に肩を並べるべく官立校や私立校で外国語教育が進められ、西洋の新しい概念を啓蒙するため、さまざまなジャンルの翻訳書が刊行された。 ただし、それは男性に限った話。女性には

翻訳者雑感 ことばと文化(星野靖子)新しい日本語の書きことばを作った翻訳家・若松賤子(前編)

LITTLE LORD FAUNTLEROY と「小公子」子どもの頃に本やアニメで「小公子」の物語に親しんだ人は少なくないだろう。原作 LITTLE LORD FAUNTLEROY は1886年にフランシス・ホジソン・バーネット(Frances Hodgson Burnett)が発表した当時、イギリスとアメリカで話題を呼び、以後現代まで繰り返し映画や舞台で上映されているロングセラー作品だ。主人公セドリック少年の無邪気で愛らしく、冷淡な大人の心を解きほぐして善に導く性格が読者を