失われた時のカフェで

深くは関わりたくない、
でもひとりは寂しい。
そんなときぼんやりでき、
でもそこにいる人たちの
話にそっと耳を傾けられる。
そんなカフェがあれば、
頻繁に行ってしまうだろう。

挽き立てのコーヒーが飲め、
ちょっとしたお酒も飲める。
馴染みの顔ばかりだけど、
誰ひとりとして彼らが
どんな人なのかは知らない。
でもそのほうが気は楽。
やあと手を上げるだけだ。

そこに綺麗な女の子が
ひとりで座っていたら。
彼女の本を読む俯いた顔、
小さな声で話す横顔、
流れるような輝く髪、
ときどきふと笑う口元。
毎日通ってしまうだろう。

そんなカフェがラ・コンデ。
パトリック・モディアノが描く
『失われた時のカフェで』の
舞台となるパリのカフェだ。
しかしもうそのカフェはない。
綺麗な女の子、ルキもいない。
でも彼女の面影は忘れられない。

時は移ろいまるで夢のよう。
あの光景は幻だったのか。
現実と過去の倒錯と幻影。
あの青春の一頁は真だったのか。
振り返っても何もわからない。
わかっているのは感覚だけ。
失われた時はもう戻らない。