本気で惚れた女は

彼は苦学生だった。

新聞配達をやりながら

大学に通っていた。

飲み会や合コンも断り

新宿の店やアパートを

朝早く自転車で回っていた。


深夜食堂に新聞を渡し

そこで朝食を食べた。

綺麗な女の子がいて

卵サンドを介して

お互いを知った。

付き合いだした。


彼女は女優の卵だった。

仕事が軌道に乗り、

彼には遠い存在となった。

「生きる世界が違いすぎる」

彼女は金持ちに見初められ

結婚することになった。


そのことを直接言いに来た。

彼女に裏切られた気がした。

思わず愚痴が出てしまうと

食堂のオヤジが彼に言った。

「自分が本気で惚れた女、

安く見るもんじゃないよ」


突っ伏していた顔が上がる。

オヤジは優しく続けた。

「あの子はちゃんと

さよならを言いに来たんだ。

そんな女に惚れられたこと、

誇りに思ってもいいじゃないか」