子どもを競わせるのは疑問です
知的好奇心にあふれる皆さんへ
ご訪問ありがとうございます。
このような記事に出会いました。
中学受験塾のトップに君臨……「神童」と呼ばれた息子が、最難関私立でつまずいてしまったワケ
https://www.cyzowoman.com/2020/07/post_292294_1.html
(以下上記サイトより引用)
中学受験は数字がモノをいう世界。中高一貫校は“偏差値”という数字で明確に上位校から下位校までがランキングされている。さらに受験生たちは、毎月行われるテストの点数でクラス分けされ、塾によっては席までもが、成績順で決められているのだ。
このように、好むと好まざるにかかわらず、塾内には数字によるヒエラルキーが存在する。つまり、超難関校を目指す一番上のクラスが、その塾の校舎内では格付け上位になるわけだ。
当然、一番上のクラスの、そのまたトップ層に君臨している児童は、小学校内でも、塾内でも“神童”という名を欲しいままにしている。そのため、たいていの子たちは「自分は天才・秀才である」というプライドを保ったまま、最難関校に入学していくのだ。
(引用ここまで)
wild and wise を標榜し、自称「アラフィフでもやっぱり天才」は、目ん玉がひっくり返りました。
ほげぇ。こんな世界があるの?!
ちなみに私は公立中高から一浪して京都大学です。
他者との比較と競争が勉強とセットになってしまうと、いかに素晴らしい成績を取っても、どこか不安にさいなまれてしまうと思う。
自信がなく、何かのきっかけで命を絶つこともあります。
東大や京大の自殺率が高いらしいのよね。
データ見つけられないのが残念。
でも、何か分かる気がする。
法学部の後輩にも、在学中に自ら命を絶った人がいます。
親は「あの子が何で死んだのか分からない」と言ったそうな。
そういう親だからな亡くなったのかもね(心の声)
優等生って見かけ上不安がないように見えるのかな。
私もそれっぽいことをずいぶん言われた。
しかし、
競争はずっと継続していて、つねに勝ち続けなければならない。
勝者って強い不安の中にある人たち
(太字は上野千鶴子さんの洞察「優等生が襲われる不安」)
身近な例では、東京で塾講師仲間だった
都内の中高一貫進学校(私立)から現役で東工大に進学した理系男子君
弟の成績がイマイチらしく「やつはどうしようもない」と切り捨ててましたね。
彼の出身校は面倒見が良い、言い換えればスパルタ校で、校内テストでクラスを再編するのだとか。
「下のクラスに落ちないように必死で勉強した」
とのたまっていました。
院試は「受かって当たり前」だと強がっておりました。理系の事情には疎いのですが、同じ大学の院に進学するのは外部から入るより有利らしく、その分落ちるとみっともないらしい。数学書に貼り付いて寸暇を惜しんで勉強してましたけど。
私は、競争的な塾に通ったことがありません。校内のテストでふるいにかけられたこともないし。
それでも、諸事情により勉強を「生き延びる」手段にしてしまいました。
優越感と劣等感の狭間で揺れたことは、あります。勉強が出来ない人を見下したことも、正直あります。
頭の回転が速いことは素敵なことです。恩恵がたくさんあります。
ノーベル化学賞を受賞した吉野彰先生は、
大阪府立北野高校から京都大学工学部
典型的な優等生コースですね。
そして、少年のような笑みを浮かべる70代
です。
非の打ち所がない経歴ながら、内心不安にさいなまれるエリートではなく。
その違いは、どこから生まれるのかなぁ。
勉強仲間と競争ではなく協調できる環境で、知性を磨けるといいですね。
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