ロストマン
12月29日、前日の仕事納めを待って、病院にMRI検査の結果を聞きに行った。首にピンポン玉ほどの脂肪種があって、先生(主治医)曰く、おそらく良性だけど取ってみないと分からないとのことだった。画像を見ると、脂肪種はかなりの存在感を放っている。それは奥の方、首の付け根付近にあり、切除する場合は全身麻酔で入院が必要な手術だという。
私は即答で「手術します」と伝え、その場で日程の確認を行った。1月は既に予約が埋まっていて、最短で2月13~15日になると言われた。2月13日は私の誕生日である。翌日はバレンタイン。そして2月15日は慶應義塾大学文学部の入試日。
私のガラケー時代のメールアドレスは「lost-man-skj-0215」。「lost-man」はBUMP OF CHICKENの「ロストマン」に由来している。「skj」は「早慶上智」、そして「0215」は、当時の慶應文学部の入試日だ。
当時、品川の高輪プリンスホテルに宿泊し、前日はほとんど寝付けないまま、慶応の入試に向かった。その後、入試結果を確認するためだけに、再度熊本から東京へ赴き、不合格の掲示板と対面した。同ホテルに戻る途中、音楽雑誌をめくると、そこにBUMP OF CHICKENの「ロストマン」があった。
歌詞だけを見た状態で「あ~これは俺の歌」だと思い込み、メールアドレスを変更した。ロストマンの自分が、早慶上智に受かり、あのときの2月15日を乗り越えるんだと。今振り返れば、なぜあれほど大学入試が一大イベントだと思い込めたのだろう。
あれから幾つもの場面で「0215」は呪縛として、自分を呪い、支えてきた。2010年に大学院修士課程を修了し、社会人と呼ばれるものに一応なって、約10年、その演技を繰り返してきた。脂肪種は、気づいたらいつの間にか首にいたが、長年通っていたマッサージ屋の人に聞くと、7,8年前に初めて出会ったときには既にあったという。
全国展開しているマッサージ屋で7,8年前から関係が続いているのは、稀なことである。この人の施術と相性がいいと思い、数か月後に電話してみても「○○は退職しました」と言われるケースがよくあるからだ。かといって、この7,8年、日常的な人間関係において、特定の誰かと毎日顔を合わせることもなくなった。会社員も辞めたし、大学院も単位取得退学した。自分にとって大学院とは、研究をするだけでなく、誰かといることと同義だった。この間にはコロナ禍もあり、さりげなく誰かと連れ立って、飲みに行ったり、歩くこともなくなった。
だけど、2023年の6月30日から、自らをhomeportと名乗ることで、世の中の動きと関係なく、さりげなく誰かを誘うことは、密かに、しかし確かに継続していた。さらには以前とは違い、「特定の誰かと毎日顔を合わせること」の意味合いも大きく変わってきたように思う。その辺の道端でばったりと出会う人が、一回限りの出会いでも、毎日顔を合わせる関係と同じくらい濃密だと自覚するようになったのかもしれない。だからhomeportは徒党を組んだり、囲い込むサークルとは全く異なり、野営のキャンプ地のテントである。
homeportにとって、それ以前の社会人的な何かが、この脂肪種(【社会】と名づけてみる)という存在を作り出したのかもしれないと、真剣に考えている。こいつが俺の身代わりになって、社会から自分を守ってくれたのかもしれないと。これまで、マッサージや鍼灸、床屋で【社会】の存在を指摘してくれる人はいるにはいたが、切除した方がいいと忠告してくれる人は誰一人いなかった。
しかし、先日、かつて「第2の狸小路」と呼ばれ栄えた商店街にある床屋で、オーナーの父(おじいさん)が、目ざとく【社会】を発見し、「これは早急に検査した方がいい。何でもなかったとしても」と警告してくれた。そこまで言うもんだから、おじいさんにおすすめの病院を紹介してもらい、2023年2月14日のバレンタインの日に手術をして切除することになった。
2月13日の誕生日に入院して、バレンタインに手術をして、早慶上智ロストマンの2月15日に退院する。これは、大げさに言えばこれまでの【社会】からの構造転換になる通過儀礼であり、コミュニタス(ターナー)である。だが、実際はそんなことはどうでもいい。すでに俺は通過儀礼を終えている。こんな形式的な舞台設定はもういらない。
主治医と手術日を決めた後、私は「あの~退院直後の雪合戦出場(2/18)は大丈夫ですかね?」と聞いた。多少深刻であった舞台の雰囲気は一気に崩れ、主治医も看護婦も爆笑していた。「雪だるまをつくる役目とかなら負担かからないですかね?」と聞くと、「雪だるまづくりは首に負担がかかるから、投げる方がいいかも」とアドバイスをくれた。これまでの私なら、何とか出場する方向を模索するのだが(実際に模索もしていた)、20日に抜糸を控えることを考えると、ここは迷わずキャンセルしよう。そう決めた。しかし、中止はしない。これはあくまで延期なのだ。【社会】を除去して、新たな血流の波に乗って、homeportは来年北区雪合戦に出場する。
皆様、今年1年ありがとうございました。よいお年をお迎えください。
2023年12月30日 homeport(山崎 翔)
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