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私の8%

私の家の構造は少し変わっていて、
隣の父方の祖母の家と屋上が繋がっていて、
家自体は完全に別なんだけど
2階から屋上に行く階段を突っ切れば祖母の家の2階にそのまま行く事ができた。

そこには曽祖母と祖母、たまに父の妹がいて
ある時曽祖母が入院した。
きっかけは転んでしまっただけで
体が悪かったわけではない。
曽祖母は耳が遠く、私は話しかける時口を大きく開け、ゆっくりと出来る限り大きな声で話す。
何かある度に「ありがとう」と言う
本当に優しい人だった。

転んで入院していたはずが
曽祖母は日に日に痩せいき、弱り
異様な痩せ方に母は心配し、
食べ物を食べやすくしてから曽祖母の口へ運んだ。

そんな日が続いた時、喉を詰まらせてしまった。
母は焦り、看護師を呼ぶ。
すると曽祖母は
「自分で詰まらせたんじゃ。〇〇(母)ちゃんは悪くない!大丈夫じゃ!」と何度も喉に詰まらせ苦しそうに繰り返し言った。
前のように話すことが難しくなっていた
曽祖母の声はなんとも言えない異臭を放ち覇気のない暗い病室の中で響く。

だけど医師は、「あなたのせいです」と母に言ったそうだ。
母は祖母にも父にも話をし、謝った。
当たり前だが、誰も母を責める人なんていなかった。
仕方ない。
大丈夫。
本当に誰も責めなかった。
その言葉は嘘ではない。

だけどたった1人、母だけが自分を責め続けた。
元々心臓が弱く
私が学校から帰ると苦しそうにしている時が何度もあった母は
曽祖母の件があり、狂った様に床を拭き続け
腱鞘炎になった。
メニエール病になり、耳が聞こえず声がとても大きくなった。

曽祖母はあれ以来ご飯を食べる事は出来なくなったし
日に日に弱っていく。
しわくちゃな手に骨が浮き
いつからか浮腫でパンパンに腫れ上がっていた。
黄色い点滴が体内に流れていき
それが曽祖母のご飯となった。
呼吸器はとても苦しいようで優しいシワが目立たなくなる程に眉間のあたりに新たに形成されていった。
私は今日の出来事を話す。
返事はない。
ただいつも通り、大きな声で耳元に近づきゆっくりと話し続けた。

母と帰りの車の中、かりゆし58のオワリはじまりを聴き2人で歌うようになった。
視界はぼやけていたが、歌だけはとても前を向いていた。
私はひどく音痴で下手くそなのだが必死に歌う。
人の死なんて分からないし
実感がわかなかったが目の前にいる母が苦しそうで、私はそれが本当に辛くてたまらなかった。
母は強く、泣かない人だったが
何かの糸が切れた様に母はよく泣いていた。

そして桜の綺麗な季節を超えた頃曽祖母は亡くなった。

本当の事は分からない。
真相は闇の中だが その病院はテレビだったかネットニュースだったか
悪い意味合いで取り上げられていた。

それでも母は自分を責め続けていた。
口には出さない、だけど私は母をずっと見ていたから知っている。
私には分かる。母がどんなに明るくしていても分かってしまう。
コミュニケーション能力が高くない私は
必死に人を観察していた。
だから些細な変化を見逃しはしなかった。

私はお気に入りの時計の目覚ましの時刻を
曽祖母の死亡時刻に設定した。

前よりも体調がすぐれなくなった母。
痩せていく母。
私があの出来事をいつまでも忘れないでいる事が
母を救う様な気がしていた。

電池が切れ使い物にならなくなった時計に私は電池を入れ替えるような事はせず
それでもいつまでも枕元に置いておいた。

死とはなんなのか。
どこへ行ってしまうのだろう。
なぜ私は冷たくなった曽祖母をみて泣いたのだろうか。
そもそも、なぜ悲しむのだろうか。
あの日、どんなに目が腫れ体が重く頭が痛くなっても
私には明日が来た。
当たり前のように太陽が昇り沈んだ。
夜が来て
また眠った。
どんなに月日が経とうと私は答えが出せなかった。
漠然とした悲しいという気持ちが宙を浮いていた。
それを一つひとつ意味付けし
地面に着地させる事はどうしても難しく
ただ一言で、もう会えないから。と片付けるのは
簡単だったが私を納得させるには弱く
分からないままだった。

「私の8%」

「私の9%」

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