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吉田修一さんインタビュー(2012年1月)

9年前の今日(11月8日)、吉田修一さんに取材をしていたようです。Facebookの投稿によれば、私が「吉田先生」と言っていたら「先生はやめてください」と返されたらしい! あらためて、素敵な先生ですね。2012年 1月号『文蔵』にて掲載された吉田修一さんインタビュー、冒頭のみですが、以下に転載します。*出版社、著者の許可済

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『平成猿蟹合戦図』は、新宿歌舞伎町、長崎の五島、秋田の大館を舞台に、年齢も世代も生い立ちもバラバラな八人の登場人物たちが織りなす、胸がすくような仇討ちを描いた長篇小説だ。恋愛、純文学、エンタメ、犯罪と、さまざまなジャンルに挑戦してきた吉田修一が、今回チャレンジしたこととは。創作の秘訣も含めてうかがった。

──『平成猿蟹合戦図』、一気に読ませていただきました。バーテンダーが衆議院選に出馬するという突飛な話に驚き、最後まで予想のつかない展開にドキドキしながら、読者を裏切らない美しい着地点に来たなあ、と本当に爽快でした。

吉田 ありがとうございます。

──その後、吉田さんの公式サイトを見て驚いたのですが、『週刊朝日』の連載としてスタートした時点では、プロットがほとんど決まっていなかったそうですね。

吉田 そうなんです、当初は轢き逃げ事件が物語を牽引することと、始まりは美月が歌舞伎町で赤ん坊を抱いて座っている、といったイメージくらいしか決まっていませんでした。ただ、連載なので当然タイトルは決めていたのと、もう一つ、今回は語り手を毎週変えてみようと。第一回は美月が、第二回は美月と知り合った純平が、と語り手を一人ずつ増やしていき、そうすることによって、おぼろげながらストーリーが見えてきました。

──よく、書いている中で、登場人物が動き出す、と言われますが、増えていく語り手たちの言葉が吉田さんに聞こえてきて、物語を牽引していったのでしょうか。

吉田 いや、今回は〝言葉〞よりは、〝場所〞が広がっていく感じでしょうか。歌舞伎町という街の話から、轢き逃げの話があり、一方で同じ都内の湊(みなと)というチェロ奏者をとりまく世界があり、さらには美月や朋生(ともき)の育った九州があり、純平の育った秋田がある。これらの〝場所〞が、登場人物たちのキャラクターや行動を方向づけてくれました。

──これまでの新聞連載や週刊誌連載で、同じような経験はありましたか。

吉田 これまでは、プロットなりストーリーなりが頭の中にわりと具体的に浮かんでいて、それを文字に置き換えていくといった進め方でした。今回は正直言うと、本当にぶっつけ本番(笑)。原稿を書き始める瞬間まで、ほぼその先の景色が見えてなくて。それでも一行書いて、二行書いて、と進めるうちに、まるであらかじめ決まっていたかのように次々と出てきました。小説とは不思議なものだな、とあらためて感じました。

──書評等では「現代のおとぎ話」と評されていますが、物語のリアリティを保ちつつも、登場人物みんながベストな居場所を見つけて、大団円を迎えますね。

吉田 連載が始まったとき、登場人物全員が最終的に幸せな場所に立てばいいな、とは思っていました。

──そうした結末を意識した理由があるのですか。

吉田 よく日常会話で「まるで小説みたいな……」と言われることがありますよね。奇想天外すぎて現実感に乏しいという、使われ方としてはあまりよくない意味で。もちろん、そんな側面はあると思います。だったらよりドラマチックに、「まるで小説みたい」という良い意味合いの部分を打ち出してみようと考えていたのかもしれません。

──なるほど。さきほど場所が広がっていく、とおっしゃっていましたが、まさしく著者である吉田さんが車を運転して、その土地に乗り入れ、そこで出会った登場人物を一人乗せ、二人乗せ……、と連れて回って、物語が進む感じです。

吉田 今回の登場人物は、全員好きなタイプなんです。だから、今の車の譬えで言うと、彼らを全員車に乗せて走っていて、それが好きな人ばかりなので、どこに行っても楽しいというか(笑)。いままでだったらいろんなところで車を停めて、このまま進んでも大丈夫かな、などと考えこんでいたと思うんです。「これはちょっと、小説としてはリアリティがなさ過ぎるんじゃないか?」とか。でも今回は心強い同乗者たちを得たおかげで、ゴーイングマイウェイで走り抜けた感じですね。

──「登場人物全員好きなタイプ」とのことでしたが、やはり「好きではないタイプ」もいるんですか(笑)。

吉田 います、います(笑)。あまり好きなタイプじゃない人のことを書くことも必要ですから。

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