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アンデスの尾根を、バスは行く②

世の常、「安いには訳がある」。
思いつきで飛び乗った、格安のおんぼろ夜行バスには、それなりの理由が当然あった。

出発してすぐに上り坂が続き、どんどん標高が上がっているのが分かるが、車体と同じくかなり年季が入っているであろうエンジンの音は、すこぶる景気が悪く、スピードは全くでない。標高が上がれば気温は下がるが、暖房は全く効かない。座席にはリクライニングのレバーはついているが、そもそもレバーが動かない。

乗客の99%は現地の人々で、観光客らしき人間は日本人の僕と、通路を挟んで向かいの席に座っている欧米系のひげだらけの青年の二人だけ。その上、2時間に一回くらいのペースで、小さな集落ごとにバスはストップし、乗り降りで数十分動かない。次の日の早朝には、目的地の町に着くというふれこみだったが、早々に「そりゃないな」と達観してもう眠ることにした。

が、極寒の直立・激固座席で深い眠りにつくことは難しく、やっとウトウトしたと思えば、またバスは止まり、乗り降りのざわめきで目が覚める。何回かそれを繰り返し、おそらく0時を回ったころ、車内灯も消え、乗客も眠りについた。ありったけの服を着こみ、僕もようやくまとまった眠りにつくことができた。相変わらずの不景気なエンジン音をたてながら、バスはアンデス山脈を走り続ける。

おそらく数時間は眠れた気がしたが、耐えられない寒さで目が覚めた。朝はまだまだ遠そうだが、一秒でも早く目的地について暖かいベッドで眠りたいと願う。切に願いながら、寝ぼけ眼で窓の外を見た。暗闇の中に、白い光の点がびっしり見える。家の灯か街灯だと思い、「けっこう大きな町を通ってんだなあ。」と思った瞬間、はっと飛び起きた。

その灯は、すべて星だったのだ。アンデス山脈の尾根道を走るバスは、地面から天頂まで遮るものもなく、360度星空に囲まれていた。
改めて目を凝らす。あたりは漆黒の闇。おそらく四方数十キロ圏内に、このバスと道路以外の人工物はない。その闇に浮かび上がる星は、数万光年かなたから届く光とは思えず、数メートル先に浮かぶ物体の手触りを感じるような光度だった。

乗客はみんな寝息をたて眠っている。静かだ。「家の灯と見間違うような星空」なんて現地の人々にとっては、日常の風景に過ぎないのだろう。
ただ一人、通路向かいの席の観光客の青年だけが、僕と同じように窓に額を押し付けて、外を見ていた。何語か分からない言葉をつぶやいていた。きっと僕と同じ、言語化できない何かを感じていたのだろう。

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