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自分が変わると外側の世界がシフトする

昨日は、春分の日。
自分の意識が拡大していくと
周りが変わる。

それは、自分でもわかってはいた事ですが、
またまた、ここにきて
私の中での長年の思い込みが吹っ飛ぶような、、
どこか諦めかけているような関係性の中に
新たな息吹が芽生えるような、、
そんな、大きな光が差し込む一日でした。

登場人物は変わらないのに
現実が変化しているという、
体験をし、これは深いメッセージがあるなと
しみじみ感じておりました。

私は、日々
自分自身との信頼関係。本当の意味で
自分を受容しているという事を
特に大切に育んでいるのですが、
その私と私の内側の関係性が、
外側の世界にも自然と反映されているのだなと感じさせてくれました。

そこには、私を信頼してくれている相手が居たから。

身内や親族など、近い距離感になれば
なるほど、相手の考え方などを知っている
からこそ、こんな話しは通じないだろう。
と、どこか自分から諦めたりしてしまう
という事はある。
ただ、それこそ思いこみという執着なのかも
しれない。
気づかされることばかり、、

お姉さんが子どもを通してみていたもの。

何もない。
何もできない。
自分ができるわけがない。

それは、相手へじゃなくて
実は、自分の内側からの感じているもの。

そのフィルターを通してみた世界は
外側をのぞいてみても
自分を受容できるようなものは
一つも目に入ってこない。

むしろ、足りない、まだまだやらないと。

そんな不足感から生じた行動へと繋がって、
やがて、自分自身が枯渇していってしまう。

自分は、何もない。何もできない。
そんなはずはなくて、

自然にできていることだったり、
そんな大それた冠があるものじゃなくて、
過剰に力を入れなくて、
自然体でできることは、
それこそが、喜びに繋がり
やがて、使命に
気づいていくことでもあると思います。

自分の内側にあるみなぎるような
源泉に触れたとき、
それは、
たくさんの執着に気づいていったり
思いこみや、囚われから
開放されていった時に出逢えるものかもしれません。

ただ、その執着こそが
今まで、自分を守るために
ずっと、
自分を支えてきてくれていた事も事実。

そんな、守り神だった執着に
心からの感謝をして、
お別れをするときが来たんだな。
と、
感じた、春分の日でした。

集合的な意識として、
人類が強く、早急に
進化を求められている。
そう、感じたのでした。

深い思い込みから抜け出すように
自分の生命が、本来の自分の持つ
眩いほどの光が震えだした瞬間は
本当に、、美しいものであるし、

何かが、また始まった。
まるで、生まれ変わるかのように
扉が開かれたように感じるものです。

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