さよならを言ったあとに

男は、あるいは女は…という議論は今日的ではないかもしれませんが、先日ふと感じたことがあったので、忘れないように書いておこうと思います。
もしかしたら人によっては気分を害されるかもしれません。そうであればごめんなさい。その気配があれば早めに記事を読むのを止めていただければと思います。
以下本文です。


祖母が亡くなったのは四年前だった。
心臓が悪くて長い間入院していたが、最後は老衰といっていいと思う。あるとき実家から危篤の報せが入り、私は慌てて帰省した。祖母は次の日の未明に亡くなった。
怒ったところを見たことがない、優しい祖母だった。両親が共働きだった幼い私にとって、最も身近な存在が祖母だった。
私は無論彼女の死を悼んだが、正直に言って、物事が収まるべきところに収まったとでもいうような、安堵の気持ちも感じていた。そしてそれは、私の父についても言えることなのではないかと思う。

息子の私から見て、父は祖母をたいへん大事にしていた。朝起きるとまず窓を開け、家の裏に住む祖母の姿が見えないか確認する。祖母が庭いじりをしていれば「おはよう」と声をかける。そんな何気ない行為から、父の祖母に対する情愛が感じられた。
だから私は、祖母が亡くなるときに父がわりにさっぱりとした表情だったことが意外だった。いったん病院を出て、夕食をとるために入った中華料理屋で肉料理を食べる父の顔には、かすかな笑みさえ浮かんでいた。
「祖母の長い入院生活の間に、心の整理がついたのだろう」私はそんな風に思った。

一方で、母親の表情は形容しづらかった。
祖母の入院中に私が帰省すると、大抵母と一緒に祖母を見舞った。そのとき母はいつも湯を溜めたポットを持参して、タオルを温めて祖母の腫れた足をマッサージした。まずタオルで足を温めて、それからクリームを塗った手で何度も祖母の足を揉み込んだ。病人を労わる気持ちが、自然とそういった行為として現れたのだろう。見舞いに行って足をマッサージするなんて、恥ずかしながら私には思いつきもしなかった。
そういう義母への自然な献身を度々目にしてきたから、私は祖母と母との関係はずっと円満だと思っていた。事実、表層的には円満だったろう。でも、母の心の奥には違った感情が澱のように沈澱していたのかもしれない。帰省中のある夜、母は私に、父が祖母に時折示す情愛に複雑な感情を抱いていることを吐露してくれた。私は頷きながら何気ない様子を装ったが、内心かなりびっくりしていた。同時に、「俺はこの人のことを何もわかっていなかったのだな」と思った。


そして少し前に、私のパートナーの祖母が亡くなった。
パートナーは普段はたいへん朗らかな人で、どちらかと言えば細かいことが気になる私は、彼女の大らかさに救われることが多い。でも、彼女の祖母が亡くなる前後は、さすがの彼女も疲弊していた。暗い台所でじっと蹲踞していたり、寝室で静かに泣いていたりすることがあった。そういう彼女の背中に手を当てながら、私は軒先で雨宿りをしている子供のような気分だった。雨が止むのを待ちながら、何か他のことを考えている、浮ついた子供のような気分。
今なら少し分かる気がする。私は腹の底では、かなしみに向き合うことが怖いのだ。普段本など読みながら、種々のかなしみを通過している気分でいながら、最後のところでそれを見据えることができないのだ。ー やはり俺はなにも分かっていなかった。そう思うと少しかなしくなる。
でも、もしかしたらそれは私個人というより、男と女の違いなのかもしれない。身近な人がいなくなるということについて、男女で理解に差があるのかもしれない。

To say goodbye is to die a little
さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ

ー R.Chandler “The Long Goodbye”
 (村上春樹訳)

物語の終盤でマーロウはそう語る。はじめて「ロング・グッドバイ」を読んだときに、私もほんとうにその通りだと思った。
でも、男がほんとうに少し死ぬのは、さよならを言ったしばらく後なのかもしれない。身近な人がいなくなるということがどういうことなのかをぜんぜん分かっておらず、しばらく時間が経ってから、ドーナツの空洞のような場所にひとりでぽつんと立っていることに気がつくのだ。そしてそのときになってやっと、さよならの意味を知るのだ。

そう思うと怖くてかなしい。でもまあ仕方がないとも思う。それが人の性ということなのかもしれない。