「ドキュメント72時間」個人的ベスト回のはなし

NHK「ドキュメント72時間」の「歴代ベスト10スペシャル」放送(8月予定)にあたって、視聴者投票が実施されている。投票は明日6/24まで。

そこで、個人的に印象に残っている回をいくつか取り上げてみたいと思う。ちなみに、私は伊達や酔狂で「ドキュメント72時間」を見てはいない。

定番回

まずは定番回。アンコール放送が多いのは【秋田 真冬の自販機の前で】(2015/3/6・2016/4/29)あたりだと思う。吹雪の中でわざわざうどんを食べに来る人たち、皿がぐるぐる回るダイナミックな湯切り、自販機横の寂れたテーブルとベンチ、天井からヒモで吊り下げられたビンの唐辛子などインパクトは絶大で、見事15年の年間投票1位を獲得した。翌年の撤去に合わせて16年4月には「惜別編」も放送された。
再放送があった回では【大病院の小さなコンビニ】(2014/9/19・2020/4/17)も捨てがたい。いろんな病気を(総合病院なので重めのものも多かった記憶)持つ人に話を聞いたり、あとは72時間取材の醍醐味ともいえる夜勤の医者の苦労がうかがえたりで面白かった。20年はコロナ禍で撮影不可能な状況の中、”その後”の追跡取材を加えて再放送された。栄養ドリンクを飲んでカラ元気を出していた女性医師が、同じカットのなかに見切れていた同僚と結婚、出産されていたはず。
これも結構反響があったと思われ、気を良くしたのかほぼ同テーマで「大病院のコンビニ それぞれの”生きる”」(2021/4/2)、さらに病院モノでは「命を運ぶ 大病院の引っ越し」(2018/7/27)なんかも2匹目のドジョウを狙って放送された。

”起点・終点のある3日間モノ“

何ということもない日常の中の3日間を定点観測するのも面白いが、”起点・終点のある3日間モノ“にも傑作回が多い。
たとえば【歌舞伎町 さよなら人情キャバレー】(2020/10/16)。歌舞伎町にあったキャバレー「ロータリー」の閉店までの3日間を追った内容だが、支配人はじめホステスや歌い手や、いわゆる”太客”まで、話を聞けば聞くほど興味が出そうな人物のオンパレードだった記憶がある。エンディング曲がいつもより早めにフェードアウトして、最後に撤去作業が行われ始めている賑わいのない店内の画面で余韻を残して終わるのがたまらなくいい演出だった。
【としまえん 日本最古の回転木馬の前で】(2020/10/2)【福岡 あの日の遊園地は永遠に】(2022/2/25)は遊園地閉園前の3日間を追ったもの。とくに後者はこの回のため(たぶん)にナレーションにMISIAを初起用する力の入れようだった。取材担当者が普段の回よりフランクめで、口調に方言が多少混じっていたり、インタビューした子どもとハイタッチまでかわしていたのが印象的。普段取材対象への介入度がそこまで高くないこの番組では珍しい。園の関係者やその親族に話を聞く機会がとても多く、「72時間」だけじゃなくて、園の歴史をひもとくかしいかえん版「ファミリーヒストリー」的番組が作れるんじゃないかとすら思える内容だった。

時事モノ

時事問題を捉えた回では最近だけど【東京・新橋 年の瀬の洋菓子店で】(2022/1/28)が秀逸。

年の瀬の洋菓子店だからクリスマス〜年末年始にかけてのコロナ禍でのささやかなお祝いムードが流れるのかと思いきや、コロナ後遺症に悩む妻の話が不意に出てくる。取材の醍醐味ってこういう「不意に出た発言を拾えるかどうか」みたいなもんなんじゃないか。しかも正式に取材を申し込んでのインタビューならまだわかるが、定点観測の中でこの発言が引き出せたのはすごい偶然。個人的ベスト1と言ってもいい。

別の意味で時事問題的なのは【北九州 100年続く人情市場で】(2021/1/29)だ。番組じたいは中盤にふくらみを持たせた展開で、長く貧乏な時代を過ごしてきたという老人の「(市場を)歩いているだけでいいことがある。何も飲まんでもね、何も食わんでもね。なんかこう、落ち着くんよ、この通りが」というつぶやきが印象的だった。旦過市場と呼ばれるこの市場には、私も放送後に”聖地巡礼”した。

ありし日の小倉の旦過市場。
ストリップを見に行ったついでに寄れそうだから寄ったわけではない
ストリップを見に行ったついでとかでは絶対にないです

茶番はさておき、今年4月にこの旦過市場で火事が起きたというニュースにはショックを受けた。ちょうど今日からがれきの撤去が始まるらしい。コロナからの復興に火災からの復興、二重写しの意味合いも(不本意ながら)持ったと考えると、なおさらこの回の持つ意味は重大な気がする。

激ヤバ寮と激ヤバ魚も捨てがたい

個人的にもう一度見たいのが【北の大地の学生寮】(2015/1/30)。取材当時、私はギリギリ大学に籍を置いていたというのもあるし、今でもサークルの先輩や同級生とたまに飲むとき恵迪寮の話題をすると5分くらい間が保つ。「あの寮はヤベえ」「1回入ってみたけど、マジでキツかった」「あの●●でさえバイトに精を出してアパート見つけて脱出したらしいよ」――京大の吉田寮が退去だ提訴だと騒がれている今、北大の恵迪寮が最古の”公認の魔境”であるのは論を待たない。今こそもう一度あの魔境の映像を見れば、どこかの何かの免疫機能が活性化し、風邪にコロナ、その他ストレス不眠精力減退魑魅魍魎蒙古襲来諸々に効力がありそうな気がするではないか!

あとは【宮崎 ナゾの巨大魚を追え!】(2020/1/31)。テロップを多用したオープニング、普段の定点観測に加えて「ナゾの巨大魚=オオニベの行方を追う」という明確な目的が組み合わさった内容は新鮮だった。普段の番組どおり釣っている人の背景にある人生も追いながら、同時にオオニベ釣りに立ち向かう一団を並行して追っかけていて面白かった。やらせなのかどうかなんて知らんしどーでもいいのだが、途中、やはり釣れなくて普段通りの定点観測がメインになっていくのかと若干残念に思わせておいて、結局オオニベが釣れる瞬間に無事立ち会える。しかもその釣り人が実は前日から取材をしてきた人だったという展開で見応えは十二分にあった。うま過ぎる展開のように思わなくもないが、取材した釣り人に連絡を取れる体制にしている様子がうかがえたので、取材力の勝利なんだと思う。信じる。

この文中の回から適当に選ぶもよし、魔境を覗くもよし、在りし日の市場やキャバレーに思いをはせるもよし。私としては定番回以外からもこの記事で挙げたような味のある回が上位に食い込んでくれたら嬉しいと思う。

ということで投票しましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?