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DO TO(4) 「あれから好きな画家は河原朝生」


その絵を見たのは大学の美術館だった。展覧会の終盤にその絵の前で立ち止まった。そして妙に気分がはしゃいだことを思い出す。興奮して、去りがたかった。この絵には、どこか懐かしいところがあった。ノスタルジックが基調だが、いつの時代を描いたのかはわからなかった。こういうのは有本利夫以来だった。でも古典的な趣味を押し付けるのとは違った。つまり美しさの主張ではなかった。今はなき時代を偲び、幼いころの手を差し出したいようだった。どうやら、この画家にとっては過去に関心をよせることだけでも制作の原動力の一つらしかった。そして、歴史の進行により、にわかに増大する価値観のひずみも、そのムードにかかると、時を経ることで優しさをおびるようだった。それは私が大学所蔵のコレクション展の中で一番好きな絵だった。 
いつのまにか引率の先生とははぐれてしまった。薄明りの中で、恍惚としている私を見て、誰かが声をかけてきた。女性の声だった。
「なんかイイよね、これ」その声は無頓着のようでいて、実は声の持ち主が秘かな関心をいだいていることが私にはわかった。その口調には穏やかな賛美が隠されていた。それは女性が「気障なところがなくて」と付け加えたことからもわかった。私は口をついだ。 
「うん、間が抜けている」悪口をいうつもりではなく、褒めているつもりだった。
「そうね、ほんとうに」
「三年生ですか?」私は顔をながめもしないで尋ねた。
「はい」と彼女は答えた。
「いい絵ですよね」
「ええ、ほんとうにいい絵ですね」と女性は一息つくようにいった。饒舌でないその淡白さが私を少し喜ばした。そして女性は続きを引き取るようにしていった。
「河原朝生ですって」
「アサハラアサオ?」私は何の意味もなく冗談をいった。
「ダブルアサオ?」女性も負けていなかった。ボケをかぶせてきた。
「男でも?」私はいった。
「丸出ダメ男って、いたよね?」この時僕らは初めて顔を向き合った。
「いたかもしれない、かなり前に」といって私はにやりとした。どこかが変になった笑顔がくすぐったかった。
「あなたは四年生?」折り返しの質問だった。
「ええ」
「授業は退屈ですね」と彼女はいった。抑えた動作と豊かな表情にメリハリがあった。もしかすると私が最初に快いと感じていたのは、彼女の美貌ではなく芸術に対する朴訥さだったのかもしれない。しかし、彼女は私にはまったく気づかない景色をこの絵に見ていた。

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これは、ある画家の半生の物語です。ある画家とは狸小路エリで、彼女が北海道を訪れ、悠久の自然に魅了され絵を描くという設定でストーリーが展開していきます。また、小説を車軸にしながらも、松井宏樹による写真と、彼女にまつわる展示も、二つの車輪となってHOKUBU記念絵画館で連動します。

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