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恋に落ちた姫巫女|月神の娘・その5

-ピチュピチュピチュ-

やさしく窓から差し込んでくる日差しの温かさに、ふと眠気に誘い込まれそうだった姫巫女の意識を、小鳥の囀りが呼び覚ます。

そして、にこっと微笑むと棚の上に置いてあった紙包みを手にする建物から出て行く。

「おはよう。今日もいいお天気ね。」

紙包みの中にあったものは、小鳥の餌。
それを投げ与えながら少女は小鳥たちに微笑んでいた。

-カサ・・-

枯葉が踏まれる音に少女ははっとしてその方向を見つめる。
そこは僧院の中庭。滅多に人は来ない場所だった。

「え?」

(イルッ?!)

少女もそして渚も同時に叫んでいた。
一人の男性が落葉樹の大木の傍に佇んで彼女をじっと見つめてた。

それは確かにイオルーシム。
別れた時よりずっと大人びたイオルーシムの姿。
忘れようとしても忘れることができなかった渚の愛しい人。

「どちら様でしょう?・・・・ここは男性禁止の奥神殿。
男の方は例え僧侶でも入れないはずなのですが。」

(え?そ、そうなんだ?)
それで巫女しかいなかったのだ、と渚は改めて思う。

ふっと優しげに微笑み、男はそっと歩み寄って人を疑うことを知らないような彼女をじっと見つめる。

「あの・・・・?」

(イ・・ル・・・・ううん・・・雰囲気が違う。似てるけど、でも違うわ。)

すぐ間近で見上げたその男は、似てはいるが別人だと渚にはすぐわかり、気落ちする。
が、その彼女とは反対に姫巫女の心が揺らいでいるのが渚に伝わってきていた。

(え?・・もしかして・・彼女・・・・?)

やさしくじっと見つめているその男の瞳も徐々に熱を帯びてきているのが渚には分かった。

(これって・・・俗に言う一目惚れ?それも両思い?)

「名は?」
男の声が心地よく、そして染みいるように心に響く。

「・・・シアラ。」

少し間をおいてからようやく答えた少女は嬉しさとそして戸惑いがあるのを渚は感じる。

「シアラ・・」

そっと頬へ手を滑らせ顔を寄せてくる男に、少女は目を閉じる。

(え?それじゃ見えないじゃない?!)

思わず叫んだ渚だが、それが何を意味してるのか当然分かる彼女は自分のことでもないのに恥ずかしさと戸惑いがこみ上げてきていた。

「きゃあっ!だ、誰か~っ!ひ、姫巫女様がっ!」

女の声ではっとして少女、シアラの目が開き、すぐそこに写っていた男の顔が一瞬にして離れた。

「姫様っ、だ、大丈夫でございましたか?!」

慌てて大木の後ろへと姿を消した男の代わりに、シアラの目には、朝起こしに来た中年の巫女の青ざめた顔が写る。

「私・・・・」

「明日から巫女王となられる儀式が始まるというのに、なんとしたこと。
でも、何事もなくてよろしゅうございました。さ、姫様、お部屋へ。」

-ポタタ・・・-

一人、姫巫女専用の祈りの部屋で祈りを捧げていたシアラの瞳から涙がこぼれ落ちた。

「私・・・・・」

恋をした喜びと巫女としての戸惑いが渚の心に染み渡るように伝わってきていた。
人を想う心は渚にはよくわかっていた。

そして、それがどうにもならないという思いも彼女の反芻した心の言葉によって分かった。
それでも押さえきれないという想いも。

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