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ボタンの掛け違い|国興しラブロマンス・銀の鷹その31

そうこうしているうちに、その岩場のあちこちで剣を交える音がし始める。

少し腕の立つ人物の胸を借りて訓練に没頭するもの、真剣に腕試ししようと火花を散らした試合をするもの、と様々である。

「なんだ、やらないのか?」

「あ・・私は・・・・」

数人の相手をしてきたさっきの男が、汗を拭きつつ火の傍に座っているセクァヌのところへ歩み寄ってくる。

「ここでは部隊も位も関係ないさ。だいいち名乗りもしないんだからな。」

どかっとセクァヌの横に座ると、男は、ははっと笑う。

「気楽でいいが、残念だと思うこともある。」

「残念だと思うこと?」

「ああ。だってそうだろ?明日あんたに会いたくなっても探すに探せない。」

「あ・・・・」

そういうことか、とセクァヌはどきっとしながら思わずうつむく。

「明日もここで会うというのなら可能だが・・・・こういったことはあまり気が進まないか?」

剣を交えようとは全くしないセクァヌに男はそう決めつけていた。

「遠慮はいらないんだぞ。どうだ、オレとじゃダメか?」

「でも・・・」

「大丈夫だ。野郎には手加減するつもりはないが・・・」

男はセクァヌが自分の腕の自信のなさから訓練に参加しないのだと思っていた。

「あ、ううん、手加減は同じ兵士としてしてほしくないわ。」

「う・・・そ、そうだな・・・すまん。」

戦場では男女の区別はなかった。
敵兵も女だからだと言って手加減はしてくれない。
女だからと言ってそうすることは、同じ兵士として見下したことになる、と男は自分の言葉を恥じる。

「でも、ありがとう。」

「はは・・・・」

照れ笑いをし、男はすっと立ってセクァヌに手を差し伸べる。

「せっかく来たんだ。もうそろそろみんなそれぞれのテントに帰る。どうだ、最後に1本?」

「そうね。じゃー・・お願いできる?」

セクァヌは数秒考えてからすっと立ち上がった。

「オッケー!そうこなくっちゃ!」

セクァヌの控えめで、素直な態度が気に入った男は、思わず心の中で「やったー!」と叫んでいた。
できることなら、今日の出会いだけで終わらせたくない気持ちが彼にはあった。

男の名前はハサン。小隊の隊長をしている19歳。歳の割に剣の腕もかなりだという評判であり、気さくな性格から、小隊内だけでなく、他の部隊の兵卒からも慕われている。

名前を聞けば、セクァヌには見覚えがあったかもしれなかった。
勿論口は交わしたことはないが、あちこち時間があれば見回っているセクァヌのこと、どこかで見かけた可能性がないわけではなかった。

小隊でも、隊長クラスとなると顔を合わせる機会は多くなってくる。

ハサンには、ここでの暗黙の約定の一つ、お互いの名前も階級も言わない、聞かない、交わさない、その事が非常に残念に思えていた。

が、個人的にもっと親しくなれば、それもなくなる事も分かっていた。

-キン!ガキン!-

最初は軽く手合わせ程度に剣を交えていたが、少しずつ熱を帯びてくる。
それはとりもなおさず双方とも戦士であるという印。

-カン!ガッ!キン!-

勿論セクァヌが全力を出すことはない。それは自惚れではなく明白な腕の差。

それでも、真剣なハサンの剣に、セクァヌもいつしか剣を握る手に力が入ってきていた。

「なかなかどうして・・・大したものじゃないか?」

「そ、そう?」

セクァヌが我を忘れて剣に没頭しないうちに、周りの兵士たちが周囲の片づけを始めたのに気づき、2人は剣を収める。翌日に支障を来すようでは、訓練の意味がない。

「でも、みんな本当にきちんとしてるのね。」

「ははは・・そうだな。全員が全員じゃないが。良い子ちゃんが揃ったっていうか・・・。ははは・・・」

「良い子ちゃん・・・。」

ふふっと男の顔を見上げてセクァヌは軽く笑っていた。

「何しろ、こういうことは徹底してるからな。姫様からのきついお達しだ。」

男の口から『姫様』という言葉がでるたび、セクァヌはドキッとしていた。

その翌日・・・・

「あ、お嬢ちゃん・・・昨日は・・・」

「ああ、アレク。私ならいいの、気にしないで。今日も呼ばれてるんでしょ?シャムフェスと楽しんできてね。」

「は?」

昨夜のことで気分を害し、怒っているか拗ねているであろうセクァヌを予想していたアレクシードは思っても見なかった言葉が彼女の口から出て唖然とする。

「資金調達の外交も大変ね。でも、アレクご指名だから、仕方ないわよね?」

「あ、ああ・・・すまん。」

「私が行くとまた中座してしまうから・・・。」

「あ、あのな、・・だから、お嬢ちゃん?」

やっぱり怒っている?とアレクシード声はかすれる。

アレクシードが名指しで呼ばれているその理由は、とりもなおさず商人の娘の意向だということは、本人もそしてセクァヌも分かっている。

「ううん、怒ってるんじゃないの。外交も大切だからってシャムフェスに諭されてしまったし・・・。だから、気にしないで行ってらっしゃい。」

「気にしないで・・って・・・お嬢ちゃん?」

やきもちから怒っていて欲しい、という気持ちが多分にアレクシードの中にあったかもしれなかった。
が、そのセクァヌの口調は、明るかった。
嫌味で言っているわけでもなさそうだ、とアレクシードは不思議に思う。

勿論、セクァヌの本心は昨日の商人のところへなど行っては欲しくなかった。

が、シャムフェスにたしなめられたことも事実であり、そして・・・昨日の考えが消えきってなかったことも確かだった。

アレクシードをしばりつけてはいけない。そう思う心がセクァヌをアレクシードの近くから遠ざけようとしていた。

そして、その寂しさを紛らわすかのように、セクァヌは毎夜若い兵士たちの集う岩場へ顔を出した。

そして、その素直さと気さくさで、彼女は彼らの中へ溶け込んでいった。
多少上ではあるが、ほぼ同年齢の仲間とのつき合いははじめてだったセクァヌには、新鮮で楽しく、アレクシードのことを考えないようにするにはちょうど良かった。

勿論、ハサンも夜間の見回りの当番出ない限り、毎日のように顔をだす。
それは、明らかにセクァヌと会うことが第一目標のように思われた。

彼女の姿を見つけると即声をかけ、その横を陣取る彼に、いつしか周囲の兵士らは、それが当然のように思うようになってきていた。

そこに集っていた兵の中で、気づかなかったのは、あくまでそっち方面に疎いセクァヌのみ。


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