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本当に強かった10人のプロ②~藤井すみれプロ

4年前の11月某日。
私は東京にいた。

金曜午前の仕事を終えて上司を巻き、私が向かったのは知人が新橋でやっている居酒屋。

店主の尾和さんとの縁は麻雀。
二十数年前に知人の紹介で卓を囲み、それ以来のお付き合い。
地元長野をはじめ全国から買い集めた日本酒と、店主の思い入れにより仕上げられた食事はどれをとっても素晴らしく、お近くの方はぜひ一度覗いてみてほしい。

腹ごしらえを終えて、新橋から私が向かったのは神田。
「N」という名のこの雀荘、打てる人が集まっているという噂は北海道にいる私の耳にも届いていた。

軽く道に迷いながら、お店に着くと平日昼間にもかかわらず4卓動いている。
さすが東京。麻雀人口の桁が違うんだなぁ…と、環境の差に驚きつつ夜まで打ち続けていると、私の対面に女性の打ち手が座った。

この方が、本日の主役である日本プロ麻雀連盟の藤井すみれプロ。

藤井プロとの対戦は半荘2回だけだったが、私の麻雀観が大転換した思い入れの深いゲームとなった。

この日絶好調だった私。6半荘を打ってトップ4回2着2回。
このゲームも好調を維持しており、リーチピンフウラの3,900、カン3万のイーペーコー形でリーチを打っての2,600を和了って迎えた東3局。
私は南家。
6巡目にこの手牌でチーテンを入れた。

チーテン (2)

2巡目にカン4ソウでヤミテンを入れているところに、上家から6ソウが出て良形テンパイへスイッチ。

門前高打点派を自称する人間としては、345三色、もしくは両面待ちにしてリーチするのが手筋。
が、鳴いて満貫あるのなら…と、この6ソウに飛びついた。

しかし、このチーが致命傷になった。

このチーに反応したのが藤井プロ。
上家から打たれた2万をチーして、直後に下家から打たれた2万にロンの声。

藤井プロチーテン (2)

「1,000点。」。

軽やかに和了を拾った藤井プロだったが、私の目からは違和感のある和了りに見えた。

ドラの振り替わりをはじめ、高打点の芽がたくさんあるにも関わらず、和了りにくそうなダブルメンツを仕掛けて、全速力で和了へ一直線。

何か理由があるはずなのだが、あるとすれば、私の両面チーを観て危機感をあらわにしたとしか思えない和了。

上手くやられたなぁ、と思う一方、私は私でこの局については後悔が残る結果。普段なら鳴かない牌を鳴いたことで、藤井プロに勝負手を蹴られてしまった。

しかし、この日はこれまで年に一度あるかないかの好調日。
「まぁ、こんなこともあるやね。」
そんな言葉で自分に折り合いをつけたのだが、この局をきっかけに運気はガラリと変わった。

いきなりスイッチが入った藤井プロ。
このゲームは藤井プロがこのまま和了り続け、南場の親番で55,000点を超えてコールドゲーム。私は3着だった。

そして、藤井プロの快進撃はこれに留まらない。
私と藤井プロ以外の2人にラス半が入った次のゲームは藤井プロが起親。
東1局にピンフのみを私から和了って、続く1本場。
藤井プロからリーチの声。

藤井プロリーチ (2)

このリーチを受けた私の手はこう。

俺手牌 (2)

一発でドラの白を引き、ノータイムで南を切り出すとロンの声。

チートイツ (2)

幸い裏ドラは乗らなかったものの、リーチ一発チートイツドラ2の18,000。
この一撃が決定打になって、藤井プロがトップ、私はこの日初めてのラスを引いてしまった。

藤井プロの慧眼の答え合わせ


ゲーム終了後。ラス半をかけた2人が席を立ったところで私は藤井プロに声をかけた。

「ひとつ前のゲームで、2-5万のダブルメンツを鳴いて和了った局あったじゃないですか。あの局、やられたと思って…。」

そう私が切り出すと、藤井プロは天井の方に目をやりながら、「あぁ…。」とつぶやいた。

『東2局で、イーペーコーのカン3万をリーチしましたよね?あれを見て、対面の方は積極的にリーチでかぶせてくる打ち手なのかなって思ったんですよ。なのに、次の局は6ソウを両面チー…気まぐれで打っているわけではないとしたら、安いわけがないと読んだんですよね。だから、緊急避難で2万をチーして…下家の方が合わせ打ってくれて助かりました。高かったんじゃないですか?』

「そうなんですよ。高かったんですよね。それから、このゲームのチートイツ…一発でドラを引かされて、南を打ったらそれが捕まって。参りました。」

『あのチートイツは上手くいきました。テンパイが早かったということもあったのですが、南単騎に感触があったんですよね。』

「山にいるって感じたんですか?」

『いえいえ…出和了り出来るかなって。あの巡目で私の捨て牌…《手残りの南》なら拾えるかなって。いや、なんかすいません…。』

藤井プロは放銃した私に気を遣うように話していらっしゃったが、この「手残り」という言葉に電気が走ったような衝撃を受けた。
なぜなら、藤井プロに私の南がきっちり狙われたと確信を得たからだ。

手残りの南


藤井プロの仮説は恐らくこうだ。

私の捨て牌はタンピン系に向かうストレートな捨て牌。
これまでの打ち筋から言って門前派。
通常なら、場風の東は後に切るタイプなのだろうが、親の私が切った東に合わせてきたのは、他の2人に鳴かれないようにケアしたのだろう。
かといって、安易に手をパンパンにしないタイプなら、北と東以外の風牌を安全牌にもう1枚持っていても…。
ただ西は対面の風牌。トイツなら切られてくるのは後回しになる可能性がある。
だったら…南単騎よね!

くらいのことは、考えていても不思議ではない。
(いや、やっぱり考えすぎかもしれないw)

これまでの私は、若い頃から師匠や先輩から教えられてきたことに縛られていたせいか、相手3人が何を考え、どんな手を携えて河を作り出しているのかということに思いが至らなかった。


「リーチを打つならツモることを考えなさい。良いツモが来いと思いながら打っているくせに、テンパイした途端に誰か放銃しろなんて考えるのは矛盾しているよ。」

この言葉は確かにその通りだが、麻雀はそんな一面的なものではない。
私は、師匠から言われたこの言葉に甘えて、長らく思考停止していたのだ。

もしも相手がこう考えていたなら…?
そういう仮説を基にこちらの出方を定め、手牌を構築していくこと。
これもまた、麻雀の楽しさや難しさの一つのはず。
私はそれをずっとおろそかにしてきたのだと思う。

『より立体的に麻雀を捉えられないと、強くなれませんよ。』

藤井プロはもちろんそんなことはおっしゃらなかったが、この「手残りの南」が私にそう語ったような気がした。

麻雀は痛い思いをして強くなるとは言うが、こういう経験が出来ることは本当にありがたいこと。
短い会話だったが、こういうきっかけを得られたことに、私は笑みが止まらなかった。

…藤井プロはきっと気持ち悪かっただろうな(笑)。


結局この後卓は繋がらず、藤井プロとはこれっきりになってしまったが、4年経った今でもたまに思い出す。

手残りの南

藤井プロのように、全てを包み込むように…立体的に捉えられるようになれたらなぁと思うけど、中々なれないなぁ。

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