記しておかなければいけないこと
2020年。
前年から始まった新型コロナウイルスによる影響は深刻を極めていた。
同年5月。
緊急事態宣言が発令され、生活必需品の流通に関する業種以外のほぼ全ての経済活動が停止した。
国や道は休業に伴う補償金を出します…とはいうものの、それまで行っていたことの継続性まで補償されるわけではない。
目先の生活はそれでなんとかなるけれど、問題は「その先」。
一旦止まった客の流れが元に戻るかどうかなんて誰にもわからなかった。
いわゆる「コロナ禍」を私たちはなんとか乗り越えてきた。
乗り越えてきたけれど、私はコロナで大切な仲間や先輩を失った。
だから、あの頃を振り返ると戦火を逃げ惑ったような辛さと虚しさが押し寄せてくる。
良いことなんか全くなかったあの時期だったけれど、学んだことはいくつかあった。
あくまで私の目線で見つめてきたことだが、大切なことを忘れてしまわないように記しておこうと思う。
人間は追い込まれた時に本質が見える
緊急事態宣言下では、冒頭に書いたとおり様々な経済活動が止まった。
それはお国の命令だったということもあったけれど、多くの人は
「大事な人にウイルスをうつさない」
という思いで家に篭っただろうと思う。
だが、悲しいことにそうしなかった人たちもいた。
その人たちの言い分はわかるのだ。
座して死を待つバカがいるか、と。
足掻いてもがいて駆けずり回らなければならなかった人もいたのだろう。
だから、その人たちのことを今さら非難するつもりはない。
ただ、覚えておきたいのだ。
「人は追い込まれた時に本質が見える」ということを。
伝えたい3つのこと
緊急事態宣言が発令されて、札幌の麻雀店は休業要請を受け入れた。
休業期間のことをいくつかのお店の経営者に聞いたけれど、冷静に対応したお店ばかりではなく、先の見えない不安に狼狽えていたお店もあった。
休業要請期間が終わったらお店を閉めようかと考えていたところもあったし、他業種への転換を模索していたところもあった。
とにかく日々募る閉塞感に苛まれていたという声が一番多かったと思う。
ほとんどのお店が休業要請期間を文字どおり「休んで」いたが、社会的に許される方策を駆使してできることを模索していたお店もあった。
私が二十数年に渡って愛しているハートランドだ。
休業期間を終えてお店が再開されると、店内は見違えるように綺麗になっていた。
正直、驚いた。
この時期に業者へ工事を依頼すること自体は問題ない。
むしろ、業者としてもこの時期に仕事をさせてもらえるのは願ってもなかっただろう。
が、前述のとおり世の中は閉塞感に満ちていた時期。
現在のように新型コロナという病気がいかなるものかもわからなかったし、世の中がどうなってしまうのか誰も想像できなかった。
多くのお店は、何が起こるかわからないからと「余力」を積むことに意識を置いていたはずだ。
お店が再開した際に、客足が元に戻る保証などないのだから無理からぬことと思う。
しかし、ハートランドは改装を行った。
喜多さんに話を聞いたら、思いもしない言葉が返ってきた。
「新型コロナが流行して、今まで当たり前だと思っていたことがそうじゃないということに気がついた。ただ、何もできないからって何もしないのはどうなのかと思って、できることは何かって考えていたんだよね。
例えば、お店を綺麗にしようということ。
大掛かりにやるのなら何日か休まないとできないでしょう?だったら、何週間かお店を閉めることになったのだから、今だろうなって。」
不安じゃなかったんですか?
と続けて聞こうとしたところで、ふとあることを思い出した。
2005年。
麻雀界に革命をもたらした麻雀卓がリリースされた。
AMOS アルティマ。
今では当たり前になった自動配牌機能だが、リリース当時は「少しでもゲーム進行を早くして多くゲームを回したい」という目的で導入するお店が多い…という「悪意ある噂」がまことしやかに囁かれていた。
程なくハートランドにもアルティマが導入された。
長年慣れ親しんだサイコロに別れを告げた私たちであったが、ある時に喜多さんへアルティマ導入の理由を聞いた。
「やっぱり、1ゲームでも多く回すと売り上げが上がるからですか?」
と不躾な質問をした私に、呆れながら答えてくれた。
「そういう声はたくさん聞こえてくるけれど、そうじゃないんだよね。長い時間打っていると、配牌をとるのって疲れてくるんだよ。お客様ができるだけ快適に麻雀ができるようにって考えたら、アルティマを使うのが良いかなと。」
「とはいっても、やっぱりゲーム代が…」
と続ける私を制するように、喜多さんは続けた。
「最終的にそうなってくれたら良いなとは思うけれど、それは考えなかったよ。まあ、実際に使ってみたらわかるよ。長く打っていたら疲労感が全く違うから。」
アルティマはリリースされてから数年で業界を席巻し、今では自動配牌を使わないお店の方が少なくなった。
そして、長年利用して思うのは喜多さんが考えていたとおり。
ーーそんなことを思い出して、件の質問はしなかった。
改装にかかる費用やリスクよりも、休業明けに来てくださる方に快適な場所を提供したい…その思いひとつなんだろう、と。
さらに、こんなこともあった。
2018年に発足した「Mリーグ」。
優勝賞金5,000万円を巡って行われるチーム対抗戦。
発足当時はそのインパクトで耳目を集めたMリーグだったが、現在では「観る雀」なる言葉ができるほど麻雀が社会に認知されてきた。
喜多さんは麻雀プロとしてファンに何ができるだろうと考えていたらしい。
それを突き詰めて考えた結果、一つの答えに辿り着いた。
お店の卓を全部最新のREXX3に入れ替える。
ということだった。
お店は4フロアに分かれていて、卓は全部で30卓。
それを一度に入れ替えてしまった。
それまで使っていたアルティマの老朽化が激しかったにしても、段階的に入れ替えれば良いのでは?と喜多さんに聞いたが、それは違うとの答えだった。
「Mリーグのおかげで、麻雀の裾野は大きく広がったよね。あの舞台を観ているファンは、選手たちと同じ用具を使ってプレーしたいと思うんだよ。だから、卓の色もMリーグと同じカラーで全部揃えていつでも疑似体験できるようにしたかったんだよね。」
ちなみに、卓はまだまだ使えたらしい。
だから無理して全部替えなくても良かったらしいけれど、今回も入れ替えの動機はあくまで「お客様のため。」。
そこだけは全くブレずに今に至っている。
コロナ禍を越えた世界で
2度の使用卓の入れ替えと店内の改装。
3つの大きなターニングポイントに立ち会っているけれど、喜多さんの考えは全部同じだった。
卓の入れ替えは別にしても、お店の改装は未曾有のコロナ禍の最中。
そんな時期でも、ハートランドは常に我々客のことを第一に考えてくれた。
コロナ禍を越えた世界で、追い込まれても誠実に客のことを考えてくれたお店や人には報われてほしい。
そして、そのお店に集うプレイヤーや麻雀プロにも同じように報われてほしいと感じている。
今年で開店から30年を迎えるハートランド。
今後も末長く、私たちの居場所でありますよう。
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