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ニコラ・ド・スタール「船」

 人生で初めて心を奪われた絵画が二コラ・ド・スタール氏の「船」だった。

 それを目にしたのは、私が中学二年生の14歳の時だった。

 美術の教科書にほんの小さく載っていた。

 目にした瞬間、釘付けになった。まさに一目惚れだった。

 教科書のその部分だけを切り抜き、生徒手帳に挟んで毎日眺めた。

 この絵は、私にとってアイドルだった。

 「いつか、原画が観たい」と願ったが、さほど有名な画家ではないので、望みは薄かった。

 それから20年程の年月が過ぎた時、氏の展覧会が日本の東京、神奈川、広島の三か所で開催されることを偶然観ていたテレビで知った。

 開催日を指折り数え、一番近くで開催される広島の美術館に行った。

 朝一で自宅を出発し、開場を待ちかねて入場した。

 まるで導かれるように「船」の前に行った…。

 長年恋焦がれたものにやっと会えた時のありとあらゆる言葉では表現できない感情が、一瞬で体中を駆け巡った。

 帰路は放心状態で、どうやって帰宅したか全く記憶がない。

 この「船」の切り抜きは、還暦を過ぎた今でも手帳に挟んでいる。
                 <了>