【裁判例】レジェンド元従業員事件③争点と高裁の判断

地裁は、退職後2ヶ月に限定して競業避止義務特約を有効と判断したが(前回)、高裁では異なる判断となった。

まず争点は同じく5点である。

①Yは、X社在職中に、F社の使用人になったか
②Yは、X社在職中に、競業避止義務に違反したか
③Yは、X社退職後に、競業避止義務に違反したか
④Yは、X社退職後に、秘密保持義務に違反したか
⑤X社に生じた損害額

地裁は③、⑤のみ判断し、高裁では①から④が判断されているが、主に争点となったのは、同じく③である。

地裁同様、

「本件競業避止特約によって課されるような退職後の競業避止義務は、労働者の営業の自由を制限するものである。このような退職後の競業避止義務については、労働者と使用者との間で合意が成立していたとしても、その合意どおりの義務を労働者が負うと直ちに認めることはできず、労働者が負う競業避止義務による不利益の程度、使用者の利益の程度、競業避止義務が課される期間、労働者への代償措置の有無等の事情を考慮し、競業避止義務に関する合意が公序良俗に反して無効であると解される場合や、合意の内容を制限的に解釈して初めて有効と解される場合があるというべき」

と一般論を示している。

そのうえで、

・Yがもともと個人事業として保険代理店業を営んでおり、その時の顧客をXに移管した経緯があること
・Yのもともとの契約件数は776件、契約者数は200名を超えていたこと
・Yの既存顧客は、Xが保全として労力費用はかけたが、Yの貢献が大きかったこと

からすれば、YがY既存顧客に対しても営業活動を行わない義務を負うのは、Yが受ける不利益として極めて大きいとした。

そして退職金等も受領しておらず、代償措置もなかった。

このような事情から、

「本件競業避止特約により、Yが、X退職後に、Y既存顧客を含む全てのXの顧客に対し営業活動を行うことを禁止されたと解することは、公序良俗に反するものであって認められない。」
「少なくとも、YがY既存顧客に対して行う営業活動のうち、当該顧客から引き合いを受けて行った営業活動であって、控訴人から控訴人既存顧客に連絡をとって勧誘をしたと認められないものについては、本件競業避止特約に基づく競業避止義務の対象に含まれないと解するのが相当である。」

と判断した。

つまり、競業避止特約は、Yの既存顧客だろうがXの顧客だろうが、顧客から連絡があろうが、Yから連絡しようが営業行為は禁止するという内容であったが、

少なくとも、
・Yの既存顧客に対して、
・既存顧客からの連絡があった場合
の営業行為まで禁止するのは公序良俗違反であると判断した。

ちなみに、裁判所は事案の解決のための判断しかしないので、

どこまでの制限が認められるのかなどは判断しておらず、
・Yの既存顧客に対して、Yから連絡した場合

・Yの既存顧客ではないXの顧客から、連絡があった場合
などについて制限するのが適法なのかは、その禁止期間や役職、代償措置があるかなどをふまえ各代理店によって判断していくことになる。

間違えても、代償措置のない募集人への競業避止義務は公序良俗違反だとか、既存顧客への競業避止義務は全て認められないなどと理解されぬよう。

その結果、本件では、
既存顧客であるA病院から保険の話を聞きたいと連絡することを受けて営業したことから、
Yに競業避止義務違反はないと判断されている。

これまで、競業避止義務違反については、
・役職
・禁止する期間
・禁止する地域
・代償措置の有無

を中心に判断しているが、

この判決のように、
・顧客の種類(会社の顧客か否かにとどまらず、その顧客がもともと当該募集人の顧客なのかどうか)
・顧客から連絡を受けた場合も含め制限するのか

という視点も加えた設計も検討することになる。

ただ、既存顧客かどうかという判断はわかりやすいが、顧客から連絡を受けたのかどうかという点は、代理店からすれば判断が難しいケースも多く(募集人から顧客に連絡するよう仕向けることは容易にできるケースも多いだろう。)、現実的に合意書に記載するのは難しいとも思える。

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