【裁判例】レジェンド元従業員事件②争点と地裁の判断

1.本件の争点

本件の争点は、以下である。

①Yは、X社在職中に、F社の使用人になったか
②Yは、X社在職中に、競業避止義務に違反したか
③Yは、X社退職後に、競業避止義務に違反したか
④Yは、X社退職後に、秘密保持義務に違反したか
⑤X社に生じた損害額

第1審である福岡地裁小倉支部令和2年6月17日判決は、上記争点のうち、争点③、⑤のみ判断している(③、⑤があるとすれば他の争点の検討は不要であるため)。

2.競業避止義務の有効性

裁判所は、競業避止義務の有効性については、まず一般論として

「何人にも営業の自由が保障されていること(憲法第22条1項)からすれば、雇用契約上の使用者と被用者との間における、雇用契約終了後の被用者の競業を避止すべき義務を定める合意については、それが、使用者の正当な利益の保護を目的とするものであるとしても、被用者の契約期間中の地位、競業が禁止される業務・期間・地域の範囲、使用者による代償措置の有無等の諸般の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、被用者の上記自由を不当に害するものである場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解することが相当である。」

としている。

これは特に新しいものではなく、競業避止義務の有効性を判断する一般的な基準である。

●被用者の契約期間中の地位(役職が高ければ高いほど有効となる要素)
●競業が禁止される業務・期間・地域(限定されればされるほど有効となる要素)
●使用者による代償措置の有無(退職金等の代償措置があればあるほど有効となる要素)

その上で、本件競業避止義務については、制限期間が退職後2ヶ月間であれば、必要かつ合理的な制限であると言えると判断した。

その理屈は以下である。

①特にA病院のような大口の保険契約を新規に獲得することは、その契約を更新することに比べると相当に困難であり、既存顧客は、保険代理店であるX社の経営を安定化させるための重要な財産であること、
②X社のような訪問型の保険代理店の場合、各顧客の担当者が基本的な窓口として顧客に対応していることから、担当者個人と顧客との関係性が強固になりがちなため、担当者が競業会社に転職するなどした後に、当該顧客を勧誘することを許せば、比較的容易に契約を奪われる可能性があること、
③本件競業避止特約によって、顧客の選択の自由も制限されるものの、制限される対象は、Yが関与する取引に限られるため、その制限の程度は比較的小さこと

などからすると、本件競業避止特約によって、X社が顧客の維持を図る必要性は高く、Yの競業を制限することについて一定の合理性が認められる。」

つまり、
①新規顧客開拓は既存顧客開拓より難しく
②訪問型代理店は会社ではなく募集人に顧客がつきやすく
③制限の範囲は小さいこと
として、X社の競業避止義務の必要性に一定程度理解を示している。

ただ、「しかしながら」として、

「新規に保険契約を獲得することが、契約を更新することに比べて相当に困難であるとしても、X社の関わりなくYが獲得した顧客(Y既存顧客)に関しては、X社が当該顧客を維持する必要性は低い一方で、Yの営業の自由を保護するべき必要性はより高いものといえる。」

として、A病院のような、Yのもともとの顧客については、X社によって競業を制約する必要性は低いと指摘している。

そして、

「本件競業避止特約は、Y既存顧客か否かに関わらず、一律に、期限の定めも、何らの代償措置もなく、Yが営業活動をすることを禁止するものであるから、不当にYの営業の自由及び顧客の選択の自由を奪うものであり、そのすべてを有効と解することは、公序良俗に反して許されないものと認める。」

として、一律に無期限で制限をすることは公序良俗違反であると判断している。

ただし、

転職後間もない時期に、競業会社において、X社の顧客に対し営業活動をすることは、在職中の職務懈怠を強く推認させるものであるから、競業会社に転職後間もない時期の、原告の顧客に対する営業活動を制限することは、その相手がY既存顧客であり、かつ、代償措置がないとしても、必要かつ合理的な制限である」

として、

「その制限すべき期間については、YがX社在職中、2ヶ月先までの契約を更新するように指示されていたことも踏まえると、少なくとも2ヶ月間とするのが相当である 。」

と判断した。

つまり、退職後2ヶ月間に制限して、既存顧客か否かに関わらず、本件競業避止義務について有効であると判断した。

そして本件では、Yは、X社退職後2ヶ月以内に営業活動をしたことによって、A病院は、F社と保険契約を締結しているのであるから、競業避止義務に違反すると判断した。

3.X社に生じた損害

まず損害が発生したと言えるためには、Yが営業活動をしなかった場合には、A病院がX社において、保険契約を更新していたといえるかという点が問題となる。

Yが営業活動をしてもしなくても、A病院がX社との間で保険契約を更新していない可能性が高いのであれば、Xに発生した損害は、Yの行為によるものではないことになり、損害賠償請求ができない。

この点について裁判所は、

①A病院が、Yにおいて9年間継続して保険に加入していたこと
②保険料の多寡が保険を更新しなかった理由とは言えないこと
③本件保険はA病院にとって必要不可欠であるところ、A病院がF以外に見積もりをとっている様子はなかったこと

から、Yによる競業避止義務違反行為がなければ、A病院はX社において、保険を更新していたと認められるとした。

そのうえで、前回更新時の保険料をベースにした代理店手数料相当額である141万2059円を損害として認めた。

これに対して、高裁はYに競業避止義務違反は認めないという逆の判断をしている。高裁判断については次回

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