【裁判例】(解決事例)満期落ち後事故の代理店の賠償責任について

0.福岡地裁令和5年11月10日判決

私が保険代理店側の代理人を務めた代理店賠責事件で、最近判決が出て確定し、記事にすることについて了承を得たので紹介する。

保険代理店の賠償責任の原因で最も多いのは、保険募集時の説明誤りである。保険契約後の募集人による説明誤りなどは基本的に賠償責任を負うことはない。
例えば、保険契約者に対し、事故後に有無責の説明(本当は保険金が出ないのに、保険金が出ますと説明する等)を誤ったとしても、それをもって保険代理店に賠償責任は発生しない。
この場合、説明の誤りがあったから契約者が損害を被ったわけではないからである(説明が正しくても誤りがあっても保険金が支払われないという結論は変わらず、損害は変わらない。)。

また、前々回の満期管理責任の裁判例でも説明したが、保険代理店に満期管理責任はないのが原則である。満期時に保険代理店等がサービスとして満期案内を出しているにすぎず、更新を怠り、その後事故がおきたとしても保険代理店の責任ではない。

以上の2点は、保険代理店の責任に関する基本的な点ではあるが、責任を負わない場合でも、契約者との間でトラブルになるケースも少なくない。
今回の事件もそのようなケースである。

1.事案の概要

乙保険:保険代理店、今回の事件の(共同)被告
募集人乙山:乙保険に所属する募集人(今回の保険契約に関する担当営業)。今回の事件の(共同)被告
丙川:募集人乙山に保険を紹介していたジェットスキーショップ代表者、今回の保険契約についても、甲野社長を募集人乙山に紹介
甲野社長:募集人乙山を通じてジェットスキー保険に加入していた企業経営者


令和元年6月頃、募集人乙山は、丙川から甲野社長の紹介を受けて、7月に甲野社長とジェットスキー保険の契約を締結した。

船舶 ジェット①
保険種目 ジェットスキー保険
契約者 甲野社長
契約期間 令和元年7月から1年間

令和元年11月に、甲野社長がジェットをジェット①からジェット②に乗り換えたため、船舶入替えを行った。

船舶 ジェット②
保険種目 ジェットスキー保険
契約者 甲野社長
契約期間 令和元年7月から1年間

令和2年7月にジェットスキー保険契約は満期を迎え、更新されなかった。

令和2年8月にジェット②が水没したとして、甲野社長は募集人乙山に対して保険金請求をするなどの支払を求めた(甲野社長としては保険の更新を依頼済みで、継続しているとの認識(主張))ところ、実際には保険は満期で終了しているにも関わらず「現在保険会社に依頼中である」等、募集人乙山は保険契約が更新されているかのように見える対応を行った。
その後、募集人乙山は、令和3年10月に甲野社長、丙川に対して、保険契約が更新されていないことを謝罪した(※更新依頼を受けていたことを認めたものではない)。


甲野社長は、丙川を通じて募集人乙野に対して保険契約の更新を依頼したにもかかわらず更新されていないため、ジェット②の水没における保険金が支払われないのは乙保険及び募集人乙山の責任であると主張したが、募集人乙山はそのような更新の依頼を受けておらず、むしろ満期確認時に、甲野社長から「更新しない」との回答を受けたと主張した。

そして、甲野社長はジェット②の水没の損害について、乙保険及び募集人乙山に対する損害賠償請求訴訟を提起した。

2.争点

今回の裁判の主な争点は、
(1)保険契約の更新依頼の有無
(2)期待権侵害に係る乙保険及び募集人乙山の責任の成否

である。

まず、「保険契約の更新依頼の有無」であるが、甲野社長は訴訟において、募集人乙山が更新等の手続を行う債務(具体的には、保険契約者に対し、保険契約の期間満了が近づいた際、更新後の保険料の額、支払い方法、支払期限等を伝え、更新時に記入・提出が必要な書面があればそれを提供する義務)に違反したことを理由として損害賠償を請求していた。

つまり、満期管理責任等の裁判例等で根拠とされる募集人の信義則上の義務である。
そして、更新等の手続を行う債務の前提として、甲野社長は、
「私(甲野社長)から(丙川を通じて)募集人乙山に対し、保険契約の更新依頼をしていた」
という主張をしていた。

これに対しては、募集人乙山は更新の依頼などは受けておらず、むしろ満期確認時に更新をしないとの回答を受け、満期落ちの報告書を乙保険内部で作成して上長の決裁を取っていたと反論した。

この点が少々理解が難しいと感じるところだが、募集人乙山はジェット②の事故後保険は更新されていないにも関わらず、更新されているかのように見える対応を行っている(これについては、募集人乙山としては、あくまで契約者ではないが保険金請求に協力をしていたという主張)。

このことなどを理由に甲野社長は、保険の更新を依頼していたのだと主張していたが、明確な更新を依頼した客観的証拠(LINEのメッセージ等)は無かった。

そして、双方の主張が尽くされ、甲野社長、丙川の尋問が行われた。

その甲野社長、丙川に対する尋問の中で、甲野社長、丙川は、一転して
「募集人乙山に対し保険契約の更新の依頼はしていない」
と述べるに至った。
これまで、募集人乙山に対し、保険契約の更新の依頼をしていたという主張をしていたが、尋問にて主張を変更するに至った。

従前は、更新の依頼をしていたことを理由として、募集人乙山らに信義則上の義務違反があるというのが甲野社長の主張だったが、その信義則の義務違反の前提としていた「更新の依頼などしていない」と述べたので、尋問後に甲野社長の主張(請求原因)は変更された。

どのように変更となったかというと、
ジェット①からジェット②への船体入替えがなされた際に、募集人乙山から新たな保険料を甲野社長に案内し、甲野社長がそれを承諾しているが、このことが甲野社長から募集人乙山に対し、黙示の更新依頼をしたという主張に変更された。
※当然だが、船体入替えは保険の契約の内容の変更であり、新たな契約ではないため、従前の契約の満期が来れば契約は終了となり、更新が必要となる。甲野社長は船体入替えをして、保険料が変更になったことなどから、その後の満期時の更新も依頼していたという主張になった。

つまり、明示的には更新の依頼をしていないが、黙示的に更新を依頼しているような状況であるから、募集人乙山には信義則違反があるという主張である(更新依頼を前提とする信義則違反という大枠に変更はない。)。

そして、新たに甲野社長からは、期待権侵害の主張が追加された。
募集人乙山が、ジェット②の事故後、甲野社長に対して保険契約が更新されていないことの説明を行わなかったため、甲野社長はその後も保険に加入する機会をを失い、無保険で1年3ヶ月もの間、ジェットに搭乗していた。

甲野社長の立場からすれば保険に加入する利益は極めて重要であり、法律上保護された利益に当たり、募集人乙山の対応はその保険加入に対する期待権を侵害したという主張である。

3.裁判所の判断

裁判所は、黙示の更新依頼の有無については、

「一般に、船体入替えに伴う保険料額の変更の承諾は、残存する保険期間につき新たなジェットを対象として保険契約を存続させることを目的とするものに過ぎないというべきであり、甲野社長が保険料額の変更を承諾したことをもって、甲野社長が募集人乙山に対して本件保険契約の満期後も保険の継続を希望する意向を示したとみることは困難である。」

として、

「そもそも、黙示にせよ、甲野社長が募集人乙山に対して保険契約の更新依頼をしたというには、甲野社長が募集人乙山に対して保険契約の更新を依頼する意思を有していたことが前提となるところ、上記の通り、甲野社長は本件保険契約は自動更新されるものとの認識を有していたのであり、甲野社長において、本件保険契約が終了するとの認識がないにも関わらず、募集人乙山に対して保険契約の更新を依頼する意思を持つはずがなく、保険契約の更新に向けた行動に出るはずもない。」

として、黙示の更新依頼を否定している。
保険料の変更承諾は更新の依頼とは判断できず、自動更新されるという認識で更新の依頼をするというのは矛盾するということである。

また、募集人乙山の事故後の対応があることをもって、更新依頼があったとする主張についても、

「このような対応は、募集人乙山において、甲野社長の保険契約が存続しているとの認識又は甲野社長の保険契約が継続していないことにつき自らに不備があるとの認識を有していたことを伺わせるものであ」るが、「募集人乙山の事後的な対応をもって、甲野社長から募集人乙山に対する保険契約の更新依頼があったと認めることはできない。」

として、甲野社長から募集人乙山に対する黙示の更新依頼を認めなかった。

そして、期待権侵害については、

「甲野社長が主張する保険加入に対する期待権というものが法律上保護される利益に当たるかという点をひとまずおくとしても、保険契約の内容を最もよく知り得るのは契約当事者本人であって、保険契約の満期を確認し、更新手続の要否を検討するのは保険契約者において行うべき事柄であるといえる。この点は、保険業を監督する金融庁も、ホームページにおいて『保険業法等法令上においては、保険会社に対し保険契約者等へ満喫通知を義務付けているものではなく、サービスとして各会社が独自に行なっているものです。満期管理に関しては、保険会社任せとせず、契約者ご自身の問題として管理していただくことが重要です。』とのアナウンスをしているとおりである。」

として、

「本件においても、甲野社長は本件保険契約締結時に保険期間が明記された申込書に自ら署名している上、甲野社長の手元には本件保険契約に係る保険証券があったと認識しており、保険料も甲野社長の銀行口座から引き落とされていたというのであるから、甲野社長において本件保険契約の満期や保険への加入状況を確認することは随時可能であり、これらの確認や保険契約の継続に向けた諸手続は甲野社長の責任において行うべきものであったと認められる。そうすると、募集人乙山の対応が不適切なものであったことは否定しようがなく、また、募集人乙山において、甲野社長が保険に加入していない状態であることを早期に告げることは何ら困難ではなかったといえるものの、本件保険契約の満期後に保険契約が継続していないことについては甲野社長に責任があり、募集人乙山の対応により甲野社長が保険に加入する機会が失われたということはできない。

と判断した。

ちなみに、金融庁のホームページは、下記であるが、訴訟においてこちらから満期管理責任が保険代理店に無いことの根拠として証拠として提出していたものである。

【相談事例等(満期通知)】
○自動車保険を契約していましたが、知らない間に満期が過ぎ、無保険状態になってしまいました。これに関し、保険会社から事前の満期通知がありませんでした。保険会社は、契約者に対して満期通知をする義務があるのではないでしょうか。
【アドバイス等】
保険業法等法令上においては、保険会社に対し保険契約者等への満期通知を義務付けているものではなく、サービスとして各会社が独自に行っているものです。満期管理に関しては、保険会社任せとせず、契約者ご自身の問題として管理していただくことが重要です。

https://www.fsa.go.jp/receipt/soudansitu/advice02.html

4.判決について

本件は、尋問後に甲野社長の主張が変更になったが、もし変更にならず、事実認定として明示的な更新依頼があったと判断された場合には、募集人乙山に信義則上の義務違反があったと判断されただろうか。

代理店の信義則違反を認めた裁判例の事実関係と比較しても、信義則違反を認定するには、契約者と代理店の関係性などを考慮していることからしても、明示的な更新依頼があったとしても、それだけで満期落ち後の事故の賠償責任を負わせるという判断にはならないものと考えられる。

ちなみに、自動更新されるという認識である以上、黙示の更新の依頼の認識はないとした判断については、自動更新であっても、(自動)更新を希望(依頼)する(更新拒絶をしない)という認識は持ち得るようにも思えるが、そのような事実認定は難しく、仮に認定できたとしても信義則違反を導くことにはならないと思われる。

本件の事例は別にしても、保険代理店に全てまかせている契約者も多いとは思われるので、法律上の責任が無いとはいえ、満期管理についてはトラブルに発展しやすいため注意が必要であるし、満期管理に関する体制整備(これがあることで満期管理をした(代理店側の「更新の依頼は無い」という主張が信用されやすい)との判断につながる)も重要である。

5.最後に

本判決で指摘されている点でもあるが、募集人の活動として「不適切」な対応が、直ちに保険代理店としての賠償責任につながるわけではない。
特に募集人の賠償責任は、募集人、保険代理店が思っているよりハードルが高い印象はある。

例えば説明誤りでも、その説明誤りがなければ保険に加入していないのか、その説明が誤っていなければ別の保険に加入していたのか等々、説明誤り一つとっても、直ちに責任を負うことになるわけではない。
参考:契約者に対する誤った説明でも賠償責任を負わない場合①契約締結時点

これらの点が正確に理解されず、保険会社等から責任を取るように促されたりするケースを目にすることもある。

当然、不適切な対応自体がなされないように取り組むことは重要であるが、損害賠償の考え方については丁寧に検討して対応することが重要である(損害保険を扱う代理店ならなおさらである)。

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