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【裁判例】代理店の満期管理責任

0.代理店賠責のリーディングケース?(松山地裁今治支部平成8年8月22日判決)

代理店賠責保険のパンフレットなどで紹介される、代理店が損害賠償責任を負った裁判例として、満期管理責任の事例を目にしたことがある方も多いかもしれない。

代理店に信義則上の義務違反を認め、損害賠償請求が認められた事例である。
しかし、意外とどのような事例だったかは認識されていない。

紹介する事例は読んでいただければ分かるが現在と少々状況が違うが、満期時に十分な説明を行っていなかったことなどでトラブルに発展することはある。満期管理責任関係の相談もあるので古い裁判例ではあるが紹介する。

ちなみに、意外と具体的な事例が知られていないのは、裁判例集などに掲載されておらず、保険毎日新聞に掲載されているのみであるからかもしれない。筆者は国会図書館経由で取得した。

1.事案の概要

X:タオル製造を目的する有限会社
Y:B損害保険会社、Z損害保険会社等の保険代理店

Xは昭和45年ころから、Y代理店で損害保険契約を締結していた。
保険期間が満了する際には、事前にY代理店からXに、
・保険期間が満了になること
・継続するのに必要な金額
の通知を受け、Xが保険料を支払い、保険契約の継続手続自体はY代理店が行っていた。

Xの取引上の支払日が毎月22日であるため、それ以前に保険料を支払う必要があるときは、Y代理店が保険料を立て替えるなどの対応を行っていた。

X は、B損害保険会社の

(従前の契約)
保険の種類:店舗総合保険
保険期間:平成5年4月1日〜平成6年4月1日
保険金額:2000万円
保険料:35,600円
(従前の契約)
保険の種類:店舗総合保険
保険期間:平成5年4月15日〜平成6年4月15日
保険金額:1050万円
保険料:29,930円

の契約に満期にあたり、Y代理店の媒介により、
Z損害保険会社との間で

(新たな契約)
保険の種類:店舗総合保険
保険期間:平成6年4月1日〜平成7年4月1日
保険金額:2000万円
保険料:35,600円
(新たな契約)
保険の種類:店舗総合保険
保険期間:平成6年4月15日〜平成7年4月15日
保険金額:1050万円
保険料:29,930円

を締結した。
つまり、店総保険をB損害保険会社からZ損害保険会社に乗り換える事になった。

さらに、その後XはYの媒介によりB損害保険会社との間で


保険の種類:店舗総合保険
保険期間:平成5年9月18日〜平成6年9月18日
保険金額:6,000万円
保険料:172,130円

保険の種類:店舗総合保険
保険期間:平成5年9月18日〜平成6年9月18日
保険金額:2,500万円
保険料:43,500円

保険の種類:利益保険
保険期間:平成5年9月18日〜平成6年9月18日
保険金額:4,800万円
保険料:48,480円

の保険の満期に当たり、
Y 代理店 はZ損害保険会社に保険の加入を申し出たが(保険申込書はXの記名押印もなく、保険料の領収もない)、Z 損害保険会社が引受を拒否した。

Y代理店は、平成6年8月31日ころ、Xに対し、上記①〜③の保険が9月18日で満了になることを通知した。

X は、9月22日、①〜③の保険料合計264,110円を小切手で用意していたが、Y代理店が集金に来ることもなく、X からY代理店に対して、保険料の支払いや保険契約申込書の作成等について問い合わせがなされることもないままになっていた。

そして、その保険は平成6年9月18日に期間満期により終了した。

その後、平成6年10月13日にXの工場で火災が発生した。

本件火災後、XはC 損害保険会社との間で損害保険契約を締結した。

2.争点とそれぞれの主張

争点
・Yの責任
・Yに責任がある場合に過失相殺

●Xの主張
Y代理店は、昭和45年から20年以上継続して担当した保険代理店であり、本件保険の満期に当たり、Z損害保険会社あるいは他の保険会社との間で保険契約を締結するか、Z損害保険会社が保険契約を拒否していることを通知して、Xに他の保険会社との間で保険契約を締結する機会を与えるなどして、Xの保険継続の利益を保護すべき信義則上の義務を負っていたとして、義務に違反したので、民法709条により損害賠償すべき

●Y代理店の主張
仮にY代理店に過失があったとしても、本件保険満期までにあらたな保険契約申込書が作成されていないこと、保険料の支払いについて原告Xが全く連絡していないことなどを考慮すると、Xにも重大な過失がある。

3.判決

まず、

「Y代理店には、X の保険継続の利益を保護するために、X に対し、Z損害保険会社が保険契約の締結を拒否していることや他の保険会社との間でも新たな保険契約の締結ができていないことを伝えるべき信義則上の義務があるのと認めるのが相当」

として、Y代理店は、これに違反した過失があり、本件火災によってXに生じた損害を賠償する責任があるものというべきと判断した。

そのうえで、

「Xは、保険契約締結の有無や保険料の支払い等についてYに全く連絡をとっておらず、Xには、本件火災発生までに保険の継続ができず、無保険の状態となったことについて重大な過失があるというべきであるから、X が被った損害について8割の過失相殺を認めるのが相当である。」

として、8割の過失相殺を認めた。

4.最後に

前提として損害保険代理店に、契約者の満期を管理責任は無いのが原則である。


金融庁:金融サービス利用者相談室

極端な話でいえば保険代理店が満期の案内など一切送らず(保険会社から送られることが多いが)、連絡も一切せず保険契約が満期で終了してしまった場合に、その後、事故が発生しても代理店が責任を負うことがないのが基本である。

つまり、満期で契約が落ちてしまった場合に、その後事故が起きてもそれは保険契約者の満期管理の問題として、保険会社及び保険代理店に損害賠償請求ができない(当然、顧客サービスとしてそれでよいかは別である。)

しかし、例外的に保険代理店とその契約者の関係性から、いわば保険代理店が契約者の保険管理をほとんど行っていたような本件のようなケースでは信義則上の責任が生じうると判断されたのが本件である。

しかし、責任があるとしても、契約者に8割の過失が認められている(ちなみに同種の事例でも大幅な過失相殺が認められている(前橋地裁高崎支部平成8年9月5日判決:8割)、(名古屋地裁平成22年9月8日:8割5分))。

ちなみに、Y代理店の主張は上記のとおりだが、「そもそもY保険代理店には満期管理責任に関する信義則上の義務がない」という主張(反論)がどの程度されたのかは明らかではない。

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