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掌編BL小説 深夜二時の攻防 (※R15※)

 かつて全裸になって散歩をすることが日課になっていた俺だが、だからといってこんな扱いを望んでいたわけじゃない。
「ほら、このへんなら街灯もないし、大丈夫でしょ?」
 昼間のうだるような暑さがいまだに残る真っ暗な公園を見渡して、サイトウが俺の背中を励ますようにポンポン叩いた。
「無理! ほんとそんなの無理だから! なんでこんなことしなくちゃいけないんだよ!」
「え? なんでって……」 
 ぶんぶんと頭を振る俺を見て、サイトウが不思議そうに首を傾げた。天使のような微笑みを半分だけ邪悪な悪魔のものに変えて、俺の耳元に息を吹きかける。
「――祥治しょうじが、そういうこと大好きな変態だからでしょ?」
 ね、付き合ってあげるよ。そう言って、サイトウは甘く微笑んだ。
 

 俺とサイトウの関係を一言で言い表すのは難しい。俺たちは同じ高校に通う同級生だった。が、特に接点があったわけじゃない。これといった特徴もなく顔も成績もごく平凡な俺。かたや学校いちのイケメンで秀才のサイトウ。そんな共通項を持たない俺たちは、ある日深夜の公園でばったり会ってしまった。運の悪いことに、俺は全裸での散歩という少々変わった趣味を楽しんでいる最中だったのだ。
 それからというもの、弱みを握られた俺はサイトウの要求に屈し続けた。誰もいないサイトウの家の中で、口で言えないようなことをたくさんされた。泣いても喚いても許してもらえなかった。そんな暗黒の日々から逃げるためだけに、俺は地元から遠く離れた東京の大学に進学した。
 ……だというのに。サイトウはある日、俺が住むアパートの隣の部屋に越してきたのだ。


「ほらほら~、早く脱がないと朝になっちゃうよ? さすがにそれはまずいんじゃないないのぉ?」
「い、いやだ。出来ない……」
 頑なに頭を振り続ける俺を見て、サイトウはおおきなため息をついた。「はあ、もう本当に頑固なんだから。いつまでも言うこときかないと、大学中にあの写真ばらまいちゃうよ? それとも、祥治が可愛いって言ってた美桜ちゃんにお前の趣味ばらしちゃおっかなあ? ねえ、それが嫌なら出来るよね?」
 サイトウは急に真顔になり、俺をまっすぐに見つめた。その醒めた視線に急に焦りがこみ上げてくる。
「そんなこと言ったって……俺は」
 こんなことやりたくない。俺の意志じゃない。そう思うのは本心なのに、サイトウにその目で見つめられるともう訳がわからなくなってしまう。ずっと見ないふりをして身体の底に沈めてきた、なにかが目を覚ましてしまう。
 俺は震える指で、シャツの一番上のボタンに手を掛けた。ゆっくりと時間をかけてボタンを外し、肩からシャツを落とす。一回り以上大きなサイトウの白いシャツは地面に落ち、俺は貧弱な体を夜の熱気にさらした。
 おずおずと顔をあげると、サイトウの瞳が暗闇の中でもわかるくらいにとろりと溶けていた。その視線にあぶられ、ますます肌は熱くなり汗ばむ。
 俺は身を屈め、ゆっくりと膝をついた。両方のてのひらをむきだしの土の上に乗せる。じっとりと生暖かい土の感触に身震いをしながらも、俺は目の前に立つサイトウを見上げた。
「サイ、トウ……」 
 自分の口から出たのは、信じられないほどに甘ったるく粘ついた声だった。全裸で四つん這いになった俺を満足そうに眺めて、サイトウが右手に持っていた鎖を強く引く。
「……んぐっ」
 鎖がしなり、首につけられた金属の首輪がのどに食い込む。俺はたまらずせき込んだ。
「あっ、ごめんね。強く引っ張りすぎたかな? 痛かった? ……あれ」
 サイトウははっとしたような顔で、這いつくばった俺を覗き込んだ。そしてぴたりと動きを止める。
 じっとりとした視線を受けた俺の下半身は、痛いほど張り詰めていた。無言の数秒にまた体温が急激に上がり、地面に付いた手のひらが汗でぬるつく。
「……良かった、悦んでくれてるみたいだね」
 サイトウは心底嬉しそうに微笑んで言った。
「さあ、真夜中の散歩に連れて行ってあげるね、僕の可愛い可愛いわんちゃん」
 ――ああ、くそ、何が可愛いわんちゃんだ。この暑さで頭湧いてんのかこのクソ。
 心の中でいくら悪態をついてみても駄目だった。はあはあと自分が吐きだす荒い息がうるさい。茹りそうな頭の中で理性が溶けていく。
 俺は地面に唾液を垂らしながら、前足をゆっくりと踏み出した。

          (了)

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 冒頭の文章、『かつて全裸になって散歩をすることが日課になっていた俺だが』の続きを書くという企画に参加させていただいたときの掌編小説です。