見出し画像

#4 父に反発して反発して反発しまくって、反面教師になれた


私は反抗期がすごかった。と、自分で思う。


特に父に対してはアレルギー反応のように、父が発する一言一句すべてに反応した。

いちいち気にしなければいいことにも反発してた。


何を隠そう、いまだに父に対して反発してる自分。

いい加減もういいんじゃないかと思うくらいだけどね。



なぜ、私が父に反発するのか。

それは
父は誰にでも常に「否定」から入るからである。


画像1


父は昭和な人間で、家庭のことは女がやって当たり前と言う時代の人だった。子育てに加わるなんてこともほとんどなかったし、台所に立つなんてもってのほか。今の時代にはなかなかいないような堅苦しい人だった。


私は物心ついた頃から、父が嫌いだった。

まず浴びせる言葉といえば、否定的な言葉。


「バカじゃねえのか」

「だからお前はダメなんだ」


こんな言葉は日常的に聞かされていた。

私はそんな言葉にいちいちチクリと針で刺されるような小さな痛みとともになにか表現しきれない嫌な思いを抱えながらも過ごしていた。


そして反抗期には、その積み上げてきた不満は全部父へ向かうこととなった。


人を否定すること

人のことを考えないところ

自分勝手なところ


全てが嫌いだった。

父のいいところなんて一つも見つけられなかった。



幼少期から父の否定的な言葉を聞いて育った私は、絶対こんな保育はしたくないという確固たる思いがある。


・否定的な言葉を一切使わない

・人格を否定しない

・相手の気持ちになって考える


この思いは常に心に留めて保育してる。

だって、否定的な言葉って常に心に居座り続けるから。



父の子育てはすべて否定的だった。

褒められたことなど一度もなかった。


私は反発できる子だったけど、タイプによっては反発できない子ももちろんいる。

反発できない子は、自分の思いを内に秘めて我慢してしまう子になってしまうから反発できることはすごいいいことだと思う。


子育ては一人一人、個性を汲み取って言葉掛けをしていく必要がある。

すべて同じ子育てなんて通用しない。


私は反面教師になれたけど、同じことを繰り返してしまう人もいるだろう。


ふと思い返してみてほしいことは、

その言葉を言われて嫌だった?嬉しかった?



私は小さい頃自分が言われて嫌だった、されて嫌だったことは絶対に子どもにはしないと決めてる。

逆に、子どもには言われて嬉しいことを常に言い続けてあげたい。


個性を輝かせてあげられるようにね。


画像2



大人になって、今思うことは

すべて父なり「躾」だったんだろうと思う。


厳しく言葉をかけたのも、厳しく関わったのも、父なりの「子どもには強く生きてほしい」という思いがあったんだと思う。


躾には厳しくしてもらったからこそ、有難いことに礼儀や作法、そういったものはしっかりと身についている。

特にお箸の持ち方なんかは厳しかったのを今でも覚えている。


そして自分の意思とは関係なく小学校6年間続けた習い事。

画像3


父が監督をしているのもあって、強制的に三姉妹みんな行かされていた。


毎週末、行くのが本当に嫌だった。週末にしかダラダラ見れないテレビを見るのがどれだけ楽しみだったか。その習い事、雨では中止になるから毎週雨降ればいいのに、と願ったり。


それも今思えば、父はなにか続けることの大切さを伝えたかったんじゃないかと思う。すぐに諦めるような人間になってほしくなかったんだろうと。

その経験は今となってはすごく意味のあるものなんだと痛感している。


あの経験がなければ、すぐに色んなことを諦めていたんじゃないかと思うから。


だから今は父に感謝してる。反発するけどね。


画像5



いい子でなんかいなくていい。

ちゃんと自分を主張できることで、強く生きていける。



保育士ベビーシッター 

小西 なつき


画像4




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?