宮部みゆき「ソロモンの偽証」感想

この小説は映画やドラマ化もされており、韓国でもドラマでリメイクされている。また「このミステリーがすごい」の年間ベスト2位も獲得。太鼓判はしっかりと押された作品。

まず読み終わって文庫全6巻あったのだが、全3巻に収められただろうと思った。とにかく宮部みゆきさん、心理描写が細かすぎる。
考え方・行動原理・深層心理を詳細に書いていて、それはとても納得がいくし、良さでもあるんだけど、それがもう隅々のサブキャラまで深掘りされ過ぎていて「このシーンの説明いる?」というところがめちゃくちゃ多い。
ただ読んでいる途中は「後々になって重要な意味を持ってくるのかも」の可能性を捨てきれないのだが、読み終わってみて全容が見えると、すごい遠回りさせられたことが判明する。
まぁ新聞連載だったので、しょうがないのかもしれないが。

次に真犯人につながる最後の「偽証」について。
本当になんの裏切りも無くてビックリする。まぁそこがリアルと言われればそれはそうなんだが。めちゃくちゃ引っ張っておいて「やっぱりかーい!しってたわーい!」という展開。
最後6巻で種明かしなのだが、読者は全員3~4巻辺りで全容が見えてきて「これはこういうことなのだろうか」と想像する。
ただその想像だとあまりにもストレート過ぎるし、やっぱり期待感を持っているので「どうやって裏切ってくるんだろう」と、想像外の展開を待ち焦がれるわけだが、蓋を開けてみると「それはわかってた」。
Mr.マリックが派手に出てきて「マジック!」と言ってスプーン曲げても、そりゃあスプーンぐらい曲げるだろというそんな感覚。
曲げたスプーンがフォークに変わるくらいのことはして欲しかった。

キャラクター単体の感想
藤野涼子
めちゃくちゃ主人公。頭が良い女の子。やれる範囲で最大限の仕事をした。しいて言えば偽善者属性が強いと感じた。まり子にもいい顔をし、章子にも合わせ、樹里にも信じると言い放ち、結果的にその場その場で最適なポジションを選び八方美人になってしまいがち。でも悪い子ではない、要領がいいだけ。

■野田健一
本作の裏主人公と言ってもいいとおもう。野田くんの存在がこの作品を面白くしている。野田くんの成長こそがこの作品の芯になってる。だからこそ終盤で覚醒し活躍してほしかった。
具体的に言うなら、弁護人に対し疑念を薄っすら抱いた野田は、個人で行動し、真実へ辿り着くヒント(電気屋からの情報)を得て、それを最後の最後で弁護人を裏切って詰問する流れがあってよかったのではないかとおもう。
藤野涼子は完成されている。だけど野田くんには余白があった。
野田くんの余白がこの物語をもうワンピース埋めれた気がしてならない。
ちなみに映画版のソロモンの偽証の前半をみたんだけど、野田くんがモブキャラっぽくなっててがっかりした。

■神原和彦
こいつの本性はどこにあるんだろうと、それが楽しみだったのだが、結局ただの良いやつ。アル中の父親が母親を殺害して自殺してる壮絶な過去を持っているが、その凶暴な遺伝子を一ミリもついでない。
最後まで実は凶暴な本性があって、それを隠してる展開を期待してたんだけどそんなことはなくとても残念だった。神原は柏木という中二病モンスターに付き合わされた哀れな中学生。

■柏木卓也
中二病モンスター。
人を殺してみたいとか、哲学的なことを言ってみたりとか、学校社会の仕組みに一石を投じてみたりとか「僕は特別なことを考えている」と自分に酔ってる少年。
この手のキャラクターを見るたびに「人が人を殺すことに特別視し過ぎ」だとおもう。じゃあ人が豚や牛を殺すことは別なのか?人が植物を、虫を殺すことで何か一生背負うことになったりするのか?と。
もっと言うと、医療ミスで患者が死んでしまったことはどう考えるの?戦争で防衛のために相手を殺すことは?で、人が人を死なせてしまうことの現象が発生すると何が変わる?原始時代の人たちは足手まといになる人を人が殺してた形跡が残ってるけど、その人達は逃れれられない何かを背負っていたのか?
この手の発想を創造する人は、人が人を殺すことは「地続き」じゃなくて、そもそも自分には関係ないと思ってたり、距離が自分から遠いからもう知らない「特別な暗闇の先にある何か」みたいな感覚なんだとおもう。
そしてそれは自分以外の人もそう思ってると考えていて、怖さのベンチマークみたいなものとして利用してる。
でも、違う。人の死も生物の死も現象としては地続きだ。

■大出俊次
俊次はみため結構カッコいいはずだ。
やってることは暴力的で態度も悪く直情的。こんな行動を取る人間が、たとえば力士みたいな体格をしていて細目がつり上がってしてたら、誰も関わりたくなくて裁判なんかしたくもなかっただろう。助けてあげたくなるようなか弱さとカッコよさみたいなものが確実に存在しているそれが俊次。

■三宅樹里
自己中だけど、色々と可哀相な女の子。
藤野涼子が何てもうまくやるポジションを取れる女の子なら、樹里は何をやっても空回りしがちなポジションを取ってしまう子だった。
この作品を紐解いて、読み込んで僕なりにじっくり考えてみて、樹里は悪くないし狂ってもないとおもいました。感情を持った女の子。
で、宮部みゆきもそこはわかっていて、だからこそ神原くんの俊次に対する詰問のシーンをしっかり書いたんだとおもう。樹里と似た体験をしたり、似てはいなくても何かのコンプレックスを持ってる人たちに対するアンサーのような、そんな神原くんの詰問だった。
物語外のifだけど、樹里はあの後も神原に感謝する気持ちを持ち続けて、神格化したり恋愛対象としたんじゃないかな。
そして神原と同じ学校に行こうとしたり、何らかしらのアプローチをしたんじゃないかと。樹里は行動力モンスターだから。
神原の方も柏木くんと付き合えるくらいの度量があり、ちょっとイカれた人の方が魅力を感じるタイプっぽいので、その後二人は付き合う関係に発展しても良いんじゃないかとおもいました。神原に尽くす樹里ってなんか良い。
まぁ後日談でそれは打ちのめされたわけだが。




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