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[この曲がすごい!その6]N'夙川BOYS" 物語はちと?不安定"

「好きな一曲をただレビューする」コーナー。記念すべき第6回はこちら!
N'夙川BOYSの「物語はちと?不安定」

2007年、太陽の塔の下でリンダdada、シンノスケBOYs、マーヤLOVEの三人で結成されたN’夙川BOYS。兵庫県西宮市出身、ベースレストリオのロックンロールバンドです。1998年結成で今でもバリバリ活動中のKING BROTHERSでゴッリゴリにハードなブルースロックを弾いているギターのマーヤのポップでハード、それでいてキュートなロックンロールセンスが存分に発揮されたバンドで、「その日の気分で担当楽器が変わる」というかなり変則的な編成。曲ごとや曲間で三人で交代しながらドラムやギターを渡していきながら演奏します。その魅力は何といってもキュートさとポップさがありつつもかなりノイジーでやかましい初期衝動溢れたロックンロールに尽きます。本人たちも「演奏力は言い訳程度!」と言うようにメジャーデビュー前は録音された音源でも演奏はかなり危ういです。
僕が初めてライブを観た2012年のライジングサンロックフェスティバルでは隣で聴いていた知らない女の子二人組が夙川BOYSの演奏を聴いて「学芸会かよ」と怒っていたのを思い出します。
ただ、夙川BOYSの魅力はまさにその「バンドがしたい!」っていうエネルギーがダイレクトに伝わってくる所なんですよね。ベースレスなうえにボーカルのリンダはあんまりギターもドラムも弾けないし、マーヤはギターはめっちゃ弾けるけどドラムは本業じゃないし、シンノスケはそもそも本業はベーシストだしっていう感じでバンドの前提として「上手いからやる」のではなくて「やりたいからやる」ということがものすごく重要だったりします。
そもそも初めは友人の結婚式の余興のために組んで演奏したのがスタートで、それが好評だったのでライブハウスやバンド仲間に声をかけられてライブをしたり、人気が出てインディーズでCDを出した後にメジャーデビューに至るという流れだったそうです。ただ、そのアマチュア感が魅力的だっただけにメジャーデビュー後の「曲へのボツやダメ出しの多さ」や「依頼されて楽曲を書き下ろすこと」「歌詞の一部を指定される」などプロミュージシャンとして広告代理店やドラマ関係者などに依頼されて曲を作ることや会社の意向によるプロモーションやアルバムのリリース、ライブなどがものすごく負担にもなっていたみたいで、バンドはどんどん疲弊していってしまいます。メンバー以外のサポートミュージシャンが入ってレコーディングすることでポップさや演奏のクオリティは上がっていくのですが、やはり本質的な魅力がだんだん薄れていってしまったかもなあ・・・。と思っていた頃に無期限の活動休止が発表されました。そして活動休止後シンノスケは生まれ故郷のハワイに移住することを決意してバンドは実質解散状態に。メジャーと折り合いが付かない感じはいちファンに過ぎない僕でも感じたような気がします。

でもマーヤのロックンロール愛とメロディーメーカーとしての才能溢れるソングライティング&ポップさを否定するような全力のシャウト、リンダのキュートな歌声とルックス&初期衝動溢れる拙い演奏、寡黙なシンノスケの存在感とバンドをギリギリの所で繋ぎ止める確かな演奏力のアンサンブルは「ボロボロでガチャガチャ、うるさくて下手なのにキュートでかっこいい」というよくわからない奇跡的なバランスで成り立っています。こんなバンドは今後も中々出てこないだろうな。
というのも若いバンドや学生がやってるんじゃなくて、10年以上のキャリアがあるミュージシャンが一ミリも失われていない初期衝動をダイレクトに表現している所こそがこのバンドの凄いところで、色んな経験をして色んな物事がわかってくる年齢になっても、それでも初期衝動を失わないで表現し続けるっていうのは誰にでもできることじゃないと思うからです。ロック界にはラモーンズやギターウルフ、クロマニヨンズといった初期衝動溢れる最高のロックンロールバンドやパンクバンドがたくさんいますが、そのどれとも違う「学校祭で演奏するアマチュアバンドの多幸感」のような絶妙なニュアンスが夙川BOYSにはあったような気がします。ダサくてかっこ悪くて、オシャレでかっこいい。それでいてキュートってもう最高のロックバンドですよね。

そしてこのバンドが一気にメジャーになったきっかけが劇場版「モテキ」のラストのシーンで演奏されたこの「物語はちと不安定」です。ドラマと映画のモテキはなんといっても選曲が素晴らしい作品でした。オープニングがフジファブリックの「夜明けにBEAT」な時点でもう最高ですが、「観るプレイリスト」としてものすごく楽しくて大学時代は音楽好きな友達と一緒に観てワイワイ盛り上がっていました。
この曲のMVはCOMPLEXの「BE MY BABY」へのオマージュですが、夙川BOYSは80年代~90年代初頭の日本や海外のロックの影響が色濃く、さらにそこに60年代後半のサイケデリックロックのニュアンスやベルベットアンダーグラウンドのアコースティックな手触りとノイズ感などが感じられます。あとはグランジやオルタナの影響やイギリスのマンチャースターのバンドやポストパンクのバンドの雰囲気など、シンプルで荒っぽいだけじゃなくてマーヤ自身のロック史を包括したようなサウンドで、ロックをたくさん聴けば聴くほど面白さやマーヤのセンスのすごさを感じられます。もちろん何も知らないで聴いてもかっこいいですが。
この曲は「僕ら」が巡り合うことや年を取ること、出会って別れてすれ違う、その物語(人生)の不安定さが歌われます。「物語はちと不安定」の「ちと」が実はかなりすごい言葉選びだと思う。なかなかこのフレーズは出てこないし、曲やバンドの世界観ともドンピシャです。
曲中のマーヤのシャウトは「DEATH!」と言っているのですが、僕が思う夙川BOYSの魅力はどの曲もどこかに別れの予感や寂しさ、死の影やサイケデリックな不安定さが宿っている点で、それはベースレスであることや演奏力の低さからくる部分とマーヤの歌詞による部分両方あると思っています。夙川BOYSがごく初期に作ったという「死神ダンス」という曲からして「死ぬ前のあと少しの時間だけ二人で踊らせて」と死神に願うという内容だったりとそもそもが別れの予感を内包したバンドだったように思います。楽しい曲や演奏の中にもほんの少しよぎるその切なさや儚さが個人的にグッときます。そのうち「死神ダンス」も紹介したいな。

ちなみにほとんどの曲の作詞作曲をしているマーヤの目の周りの黒いメイクはベルベットアンダーグラウンドのルー・リードから着想したそうです。下の画像はそのルー・リードの名盤「トランスフォーマー」のアルバムジャケット。

そういえばGOING STEADYもラストライブではメンバー全員が目の周りを真っ黒に塗って出演していたな。あれもたぶんルー・リード。余談ですが。

マーヤのソングライティングのセンスの凄さはシンプルで誰でも弾けるそうな錯覚をする演奏にポップなメロディーを乗せていながら、リンダとマーヤのボーカルの掛け合いがどこか切ないキュートさを、演奏の拙さとマーヤのシャウトがバンドのアンダーグラウンド感というかポップになり切れない「ロックンロール」の異質感や異物感、疎外感や孤独感とそれを吹き飛ばすような疾走感やノイズなどが合わさったロック特有のマジックを生み出しています。初めてバンドを組んだ高校生のような、初めてエレキギターを買って音を鳴らした瞬間のようなときめきがこんなに高い純度で伝わってくるのは本当に奇跡的だと思います。

マーヤのピュアロックンローラーっぷりは本当に凄まじいのですが、そんな一面が感じられるエピソードを紹介します。マーヤはバンドだけでは食べていけない時に清掃会社でバイトをしていたそうなのですが(ステージ衣装の青いジャケットは清掃会社の作業用の制服だそうです)、ある時年下の社員にひどいことを言われて「なんであんなひどいこと言うんかな~?」と思っていたら社長に呼び出されて「マーヤ君、どうしてあんなことを言われるかわかるかい?君は本音を言い過ぎるからだよ。社会に出た大人はみんな、仮面を付けて生きてるんだ」と言われたそうです。それを聞いたマーヤは「えええ!?みんな仮面着けてんの!?着けてへんやん!何で本音言わんの?でも俺本音しか言えないししゃーないわ。そうや、ロックンロールや!」と本気で思ってさらにバンドに打ち込んだそうです。(関西弁はわからないので雰囲気です。ごめんなさい。)
こちらのインタビューからもマーヤの雰囲気が伝わるかも。リンダとのやりとりもオススメです。

マーヤがおかっぱだから言うわけじゃないけど、マーヤの存在感って松本大洋さんの傑作マンガ「ピンポン」の主人公のひとり「ペコ」みたいなピュアさがあるんですよね。ピンポンを読んだことがない方はわかりづらくてすみません。僕が最近ピンポン読み返したばかりだから改めて影響を受けてるだけなんですけど。笑

なんというかすごい才能もあるんだけど単純に器用なわけじゃなくて汗だくで満身創痍になりながらも高いところを目指す感じとか悩みや苦悩、挫折感なども味わいつつそれでも「自分の思う最高のもの」を信じて突き抜けるあたりはすごく体育会系というかスポ根なロックヒーローなんですよね。「絶対ロックンロールは最高だぜ!」っていう気持ちが全く折れないし、それを全身で体現してるのがかっこいい。
今リンダとマーヤが二人でやっている「リンダ&マーヤ」は夙川で積み重ねたものをほとんど失って、またイチから自分たちのロックンロールを試行錯誤しながら表現する二人がものすごくかっこいいのでこちらもそのうち取り上げようと思います。

ただリンダ&マーヤと夙川BOYSの魅力は一度のめり込んだ人じゃないと中々伝わりにくい所もあるので、もし全然ピンと来なかったら一度寝かせてたくさん色んなロックを聴いてからまた聴いてみるといつか魅力が伝わってくるかもしれません。なんにせよ僕は大好き!
ライブも最高なので最後にライブ映像を貼っておきます。うーんやっぱり最高!いつかまた観たいな。

ということで「この曲がすごい!」第6回はN'夙川BOYSの「物語はちと?不安定」でした。ロックって本当にいいものですね。またお会いしましょう。サヨナラ。

2012年のライジングサンの時にメンバーからもらったサイン。ちょうど僕の誕生日だったのと、生まれて初めて行ったライジングサンだったので一生の思い出になりました。THANK YOU!

N'夙川BOYS " 物語はちと?不安定"
アルバム「LOVE SONG」収録

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