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自然栽培のお茶「仙霊茶」~歴史を辿れば行き着くのは~

私の住む地域にも有名なお茶産地はある。
慣行栽培のお茶園が大多数だけれど、もちろん自然栽培や有機栽培を行っているお茶園もある。
でもなぜあえて遥々、関西の兵庫県の山奥へ行きたくなったんだろうか。

3月の頃の仙霊茶さんのお茶園
この1ヵ月後、山肌は桜色に染まる

産地ではないお茶の名前「仙霊茶」

「仙霊茶」とは、兵庫県神崎郡の神河町で江戸時代から作られてきたお茶のこと。
「神河茶」と呼ばれていたとしても十分良い響きなのだけれど、ある時、京都のあるお寺で「仙霊茶」と命名されてから、ずっと地元の方が誇り高く脈々と受け継いできたという銘茶。
このことは、ティーフェスから帰ってきて「仙霊茶」さんのホームページで知った。

そもそも「仙霊」という言葉はどこから来たのか。
その由来を社長さん自ら、過去の文献情報などを調べて推測に至った現状の結果、「古代中国のお茶にまつわる詩から来ているのではないか」という話だ。
このくだりは、「仙霊茶」さんのホームページが一番わかりやすく面白く説明されているので、ぜひ、そちらを読んでいただきたい。

6杯目で仙人のようになり、7杯目はもう飲む必要がない位だというお茶を称える中国の詩。
この詩、お茶の物理的な効能のことだけじゃなくて、お茶を誰かと酌み交わすこと、岩場に自生していたチャノキと人が出会い関わってきたことで、初めて生まれるお茶の力をよく表していると感じた。

七変化しても変わらないお茶の魅力

私はこの詩が大好きになった。
私もお茶を通じて、仙人にはなれずとも人格を磨き、さわやかな大人でありたいと思った。
そのために私はお茶の活動をしているのかもしれないとも思った。

さて、ここまでの仙霊茶の由来も素敵。
だけれど、私がお茶園に出向きたくなった理由は、社長さんの言葉の中に合った。

お茶畑と山の景色に感動してお茶農家に?!

すでに生姜と胡麻の自然栽培で就農されていた社長さん。
「実は元々は、お茶に興味がなかったんです。
けれど色んな経緯で、ここの茶園に訪れた際、素晴らしい景色に感動してしまって。誰もやらないなら俺がやる!と思って。」とのこと。
そんな衝撃的な動機と軽やかなフットワークがあるだろうか。
「そんな気持ちにさせるお茶園があるんだ。
その源泉にはきっと景色だけじゃない魅力がありそうだ。」
と私は直感的に思った。
そして、お茶摘み期間のお手伝いを申し出てみたのだ。
「うちは新規で茶農家になったし、一般的な他の茶農家さんがどうやっているかは知らない。全然違っているかもしれないですよ。参考にならないかもしれないですけど、それでも良ければ。」
というお返事だった。
いや、むしろ私が理想としていることをすでに体現しているかもしれないお茶農家さん。繁忙期に農作業としてはド素人の私を受け入れて下さるだけで有難かった。
まずは事前に行ってみようと、茶園カフェに訪れたのが3月の初め。

敷地面積7ヘクタールと言われても、正直私にはその広さがイメージできなかったけれど、実際訪れてみて、想像をはるかに超えて広大な敷地だった。山一帯と言った感じ。
ここをほぼ3人位の主要メンバーのスタッフとお手入れしている。

そしてこの社長さん、感動の勢いで始めたようにご自身では言いながらも、動いたその先では、茶産業について一から深く集中して学ばれてきたのはもちろんのこと、その時々の経営ピンチを独自のアイディアと人脈で新しいチャンスにしてきたこと、ちょっとここでは書けないような(笑)ドラマチックなお話なども聴くことが出来た。

茶畑のすぐそばに清流
野生の動物もちらほら訪れるまさに山一帯


きっかけは農協(JA)の撤退に伴うプロジェクト

お茶は野菜や果物と同じ、生鮮品。
鮮度が大切。
ただお茶農家というのは、野菜や果物を作る農家さんとは事情が少し違う側面がある。
と言うのも、前回の記事でも書いているが、お茶作りでは生葉を摘み取ったら酸化発酵が進まないうちになるべく早く製茶の工程にもっていかなければ葉が傷み、そもそも緑茶にはなってくれない。
(最近は、生葉を購入して県をまたぎはるばる遠方の大規模な茶工場で製茶加工するという会社も一部あることを知ったが、それはここではひとまず置いておく)

お茶の木を持っている家庭では自家製のお茶を作る地域も

家庭で楽しむ分には自宅で葉を鍋やせいろで蒸して手もみして、と少量生産も叶う。
しかしある程度の量を作ろうとしたら、生葉を規模の大きい製茶工場へ集めて製茶した方が効率も然りだが全体の品質も保てる。
という背景があるのだろう。
JA主体で製茶工場を運営し、茶農家さんが収穫した生葉をこの工場へ持ってくるという体制が定着していた。

しかし、近年就農者の高齢化や後継者不足、消費者のお茶離れ(ペットボトルのお茶などRTD飲料を除く)等が進み、耕起放棄地になってしまう茶畑もちらほらと関東でも聞く。
先日は、静岡の三代続いてきたお茶農家が茶樹を伐根し全面レタスに切り替えたというインタビューをネット上で見た。
世界各国ではお茶の健康効果に注目していて、輸出品としては需要が上がってきているものの、日本国内での需要減により低価格化や品質の均質化が起きて小規模の茶農家さんが衰退していくのはなんだかもどかしい気もする。


神河町もJA主体の製茶工場のある吉富地区には広大な茶畑が広がっていたが、ついにこの神河町の茶工場も撤退が決まった。
茶工場が稼働しなければ、いくら茶畑を守り茶摘みをしてもお茶として売ることが出来ない。
「江戸時代から大切に守り受け継いできたお茶を存続させたい」という切実な地元の人たちの願いによって、継業プロジェクトが立ち上がった時期もあったそうだ。
その後、諸々の経緯あって、「はい!私、やります!」と手を挙げたのが、今の仙霊茶の社長さんというわけなのだ。

「この景色を見ながら仕事ができるなんて、サラリーマン時代には味わえない喜びだ。」とおっしゃる。

きっと四季を感じながら一年を通して
ここから朝が始まる

その言葉の意味は、行けばきっと皆、少なくとも何かしら感じ取ることが出来るだろう。
写真だけでは伝わり切れない、山に囲まれながらも開けた景色。
視覚から入ってくる景色だけでない。
その空気の密度や風にそよぐ木々の音、元気な鳥の鳴き声や虫の音、沢水の流れる音。
すぐそばを流れている清らかな水で美味しいお茶をその場で淹れて飲むことができる贅沢な感動。
動物や昆虫、野生動物の息遣いの感じられそうな茶畑。
そう、「仙霊茶」がブランドのテーマとしている「間(あわい)」を楽しむ環境がそのまま目の前に広がっているのだ。
そしてお茶の素直な味わいにもそれは反映されている。


まだ風の冷たい3月
あたたかいお茶が沁みた

次回は、私が感じた「間(あわい)」の要素と、社長さんのお話の中にあったわくわくしたビジョンについて、もう少し詳しく紹介したい。







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