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シューマン交響曲第1番『春』

 3月に入り、寒さもだいぶ和らぎ、春の足音が聞こえてくる時節となりましたので、今回は春にちなんだクラシック音楽ということで、シューマンの交響曲第1番『春』をご紹介したいと思います。


〇作曲の経緯

 交響曲第1番『春』は、クララとの結婚の翌年の1841年、シューマンが31歳の時に作曲されました。この結婚は、ピアノの師であり彼女の父親のヴィークの反対にあい、裁判沙汰の末に勝ち得たものでした。
 シューマンは18歳でピアニストになるためにヴィーグに師事しますが、22歳の時、練習のしすぎで右手の指が麻痺してピアニストの道を断念するという挫折を経験します。その後は、作曲と評論活動の二足のわらじを履き、『子供の情景』、『クライスレリアーナ』(共に1838)などのピアノ曲や、『詩人の恋』、『女の愛と生涯』(共に1840)などの歌曲の名曲を残しその才能を開花させてゆきました。この間、ヴィーグからクララとの交際を禁じられ、一時は別の女性と交際するなどの紆余曲折を経た末の結婚であり、『春の交響曲』と呼ぶにふさわしい喜びと幸福感に満ち溢れた作品となっています。詩人のアドルフ・ベドガーの『おお、変えよ、おんみの巡りを変えよ 谷間には春の花が咲いている!』という詩からインスピレーションを受けて、わずか4カ月で作曲され、当初はそれぞれの楽章に「春のはじめ」「たそがれ」「楽しい遊び」「春たけなわ」という表題がつけられていましたが後に取り去られました。
 シューマンの交響曲はロマン派に位置付けられ、ベートーヴェン、シュ-ベルトの後を継ぐものであり、特にシューベルトについては、ザ・グレートをみずからが創刊した「新音楽時評」で『天国的な長さ』と評し、ライプツィヒでのメンデルスゾーンによる初演にも尽力するなど大きな影響を受けており、例えば第1楽章の冒頭ホルンのユニゾンなどにその影響がみられます。弦楽器のトレモロの多用や、管楽器が厚めに重ねられるなどのオーケストレーション上の問題の指摘もありますが、それを補って余りある、待ちわびた春を迎える喜びの感情が、人生の春、芸術の才能の開花とシンクロして美しい感興を与えています。
 当代有数のピアニストであったクララのライプツィヒ・ゲバントハウスにおける演奏会で、メンデルスゾーンの指揮で初演されました。


〇楽曲構成

第1楽章 
   序奏部 Andante un poco maestoso    
   (ゆっくりとやや威厳をもって)
      変ロ長調 4分の4拍子        
   主部 Allegro molto vivace
   (速く、非常に活気のある)    
   変ロ長調 4分の2拍子 ソナタ形式
    
第2楽章 Larghetto
 (非常にゆっくりしたテンポで)
        変ホ長調 8分の3拍子  3部形式  

第3楽章   Scherzo. Molto vivace
       (スケルツオ、きわめて速く)
  二短調 4分の3拍子 
  
第4楽章  Allegro animato e grazioso 
  (速く、いきいきと優雅に)
       変ロ長調 2分の2拍子 
 

〇お薦めの録音
 
バーンスタイン指揮 ウィーンフィル 1984年録音

 1960年代にニューヨークフィルの音楽監督として米国で活躍したバーンスタインは、その職を辞し、フリーの指揮者として本場欧州に活躍の場を求めました。特にウィーンフィルとはハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、ブラームス、といったドイツ音楽の主要レパートリーを録音しており、70年代のベーム・ウィーンフィルの黄金コンビのドイツ音楽における伝統的な職人気質の演奏とは一味違がった、バーンスタインならではの濃厚なロマンティシズムとウィーンフィルの豊潤なサウンドが相乗効果を生み出し、作品に没入したエモーショナルな表現となっており、モダンオーケストラによる伝統的な演奏の決定盤といって良いでしょう。


サイモン・ラトル指揮 ベルリンフィル  2013年録音
 
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディング」の記念すべき第1弾として録音されたシューマン交響曲全集に収められており、ラトルは世界最高峰のヴィルトーゾオーケストラにピリオドアプローチを採り入れ、いわば伝統的なモダンオーケストラの奏法との折衷型ともいうべき奏法を採用しています。伝統と革新が融合しており、絶妙なバランス感覚が素晴らしく、ベルリンフィルの機能性を生かしたダイナミクスレンジが大きく、細部まで神経のゆきとどいたニュアンス豊かな美しい演奏です。


 クリスティアン=ティーレマン指揮
 シュターツカペレ・ドレスデン 2018年 ライブ録音

 ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、ワーグナー、R・シュトラウスなどのドイツ音楽を主要なレパートリーとし、ドイツ音楽の伝統の継承者であるティーレマンによる、昨今のピリオドアプローチとは一線を画した、ふくよかで光沢のある弦と剛毅な金管に象徴されるドイツのオーケストラならではのいぶし銀のサウンドを持ちシューマンとも縁が深いシュターツカペレ・ドレスデンを振った演奏は、現在の伝統的モダンオーケストラの演奏を知る上で最良のものと言えるでしょう。東京サントリーホール来日公演のライブ録音です。


 フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮
 ケルン・ギュルニッヒ管弦楽団  2019年ライブ録音

 近年、手兵レ・クシエルとの古楽器を用いたピリオドアプローチの演奏で躍進が著しいロトですが、シューマンの交響曲第1番と4番では、もう一つのパートナーであるモダンオーケストラのケルンギュルニッヒにもピリオドアプローチを採用し、ノンヴィブラート主体の透明な音色と弾力のある生き生きとしたリズムで清新な響きを引き出しています。第2楽章の北国の春を待ちわびる心情を歌ったような素朴で凛とした演奏は絶品。ジャケットもそのような心情が感じられて印象に残りました。

【参考文献】
作曲家別名曲解説ライブラリー  シューマン 音楽之友社 2019年 
シューマン交響曲第1番 変ロ長調<春>  日本楽譜出版社 令和2年
交響曲第1番 (シューマン) - Wikipedia


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