地域・医療・福祉の“ かたり場 ” vol.14 「西新井まちの相談室(特定相談支援事業所)」はじめました! その②
サービス企画課水戸です!
7月にアップしたこちら(☟)の記事。
今回は、こちら(☝)に書ききれなかった、こぼれ話を「その②」として、残しておきたいと思い再び投稿!
人間工学を学んでいた大学生時代を経て、卒業後理学療法士になるべく勤労学生となった藤木さん。
大学時代の気付きや出会いのその先に、障がい者福祉との関わり合いがありました。でも実は、もっとずっと以前から、藤木さんの人生の歯車は巡り出していたように思うのです。
私かそう思うに至った、こぼれ話。
この部分にこそ、藤木さんの原点がある!
ということで、ご興味のある方は、ほんの少しだけお付き合いいただけると幸いです笑
「西新井まちの相談室(特定相談支援事業所)」はじめました!のこぼれ話…
水戸:藤木さんの病院時代は全く知らないんですが、OUCHI(就労支援B型事業所)での日々を振り返ると、わたしが「困ったな。」と思う時に助けてくれるのは、いつも藤木さんでした。そういう部分って、どんな風に培われてきたんでしょうか?
藤木:うーんそうですね。小学生のころはボーイスカウトに入って、地域のゴミ拾い活動や、お祭りの手伝いに参加するなど、ボランティア好きな子どもでしたね。
とにかく、人が喜んでくれることをするのが好きだったんです。
加えて、両親は高齢でわたしを産んだため、自分自身の祖父母は亡くなっていたんです。そのせいか、ある程度大きくなってからは、父親の手伝いで地域のお年寄りと関わることが楽しかったし、感謝されることに喜びとやりがいを感じていたように思います。
水戸:他の人が、見て見ぬふりしてしまいそうな、少し面倒なことなんかも、積極的につかみにきてくれますよね笑
藤木:それは、父の影響かもしれませんね。
父親は昭和15年、戦時生まれで大変苦労して育った人でした。様々な経験を経て一代で事業を立ち上げて家族を養ってくれました。
父親からは、父親自身が身に着けてきた様々な知恵を受け継ぐことができたなぁと感じています。
水戸:お父様からは知恵とともに、「助っ人マインド」も継承した感じですね。そのマインド、私にとってはとってもありがたかったです。
「こぼれ話」まとめ
こうやってお話を聞いていくと、藤木さんの現在の在り方を語るうえで、子どもの頃の思い出やお父様の存在は欠かせないものであること、また藤木さんにとって「地域」は、もともと身近な世界だったということに気が付きます。
子どもの頃や学生時代、ボランティアやお父様の仕事の手伝いで地域に出て、地域の方々やその課題に触れる機会が先にあり、進路選択で医療の現場を選び、その後障がい者福祉の世界を入口に、再び地域に戻ってきた藤木さん。
西新井まちの相談室(特定相談支援事業所)は、まだまだ始まったばかりです。でも、「その①」で語ってくださったような、利用者さんに寄り添える、「相談支援相談員がいない相談室」となり、藤木さん自身が地域に軸足を置いて、様々な地域資源(ヒト・コト・モノ)とつながり合うことが、病気がある方、あるいはその方を傍で支える方々の希望になっていくのだと思いました。
私もサービス企画課として引き続き藤木さんを応援したいと思いますし、足立区をフィールドに、単純に楽しいことをたくさんやりましょう!
今後ともよろしくお願いします!
西新井まちの相談室
東京都足立区西新井4丁目4-1 1F
携 帯:090-1570-5051
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