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読書感想文「ジャスタウェイな本 世界最強馬との1640日」

2015年2月ベストセラーズより発売、大和屋暁著「ジャスタウェイな本 世界最強馬との1640日」についての感想です。

ジャスタウェイとは

2009年生まれの競走馬、2014年有馬記念を最後に引退、現在種牡馬。この年の馬は2012年クラシック世代とも呼ばれる事もあり、同世代にはあのゴールドシップや牝馬三冠ジェンティルドンナ等が居る。
生涯成績は22戦6勝(内GⅠ 3勝)と成績だけを見ると上記の2頭に劣る。しかしそのジェンティルドンナを4馬身も突き放してのGⅠ初勝利の天皇賞・秋に、南アフリカ無敗のウェルキンゲトリクス6馬身突き放しレコードを更新(しかも2着のウェルキンゲトリクスすらそれまでのレコードを上回っている)のドバイデューティーフリーと強者をなぎ倒してタイトルを獲得していった。
そしてその活躍が認められロンジン・ワールド・ベスト・レースホース・ランキングにて2014年の1位を獲得。この時のレートは日本調教馬としてはエルコンドルパサーに次ぐ数値でもあり、国産馬なら歴代1位でもある。
またハーツクライ産駒初のG1馬であり、父同様に国内の王者を下しG1初勝利を遂げ、ドバイGⅠを征したドラマ性に溢れた馬でもある。ポスターヒーロー列伝はそこを意識しているの必見。
何よりも凄まじい切れ味の末脚は見てて非常に気持ちがいい!百聞は一見に如かず!まずはGⅠ初勝利の天皇賞・秋を見てみよう!

他にはあの破天荒なゴールドシップと仲が良かったり、葦毛フェチ疑惑があったりとネタに尽きない。
名前故にネタっぽい印象を受けるが間違いなく歴史的名馬の一頭である。

大和屋暁とは

脚本家、多数のアニメや実写特撮を手掛る。その中にアニメ銀魂もあり、その作中に登場するアイテムからジャスタウェイの名は取られた。
また人造昆虫カブトボーグ V×Vイクシオン サーガ DT等のシリーズ構成やアニメ作品に関する作詞も行っている、ベリーメロンとか。
馬主を目指す一環としてハーツクライの一口馬主となり、これがジャスタウェイの購入に繋がる。
馬主として現在も活動中であり、基本的に馬名は自身が手掛けた作品名から取られている。現役馬はカリボールマジカルステージの2頭。

本書はジャスタウェイの現役引退後、ロンジン・ワールド・ベスト・レースホース・ランキングの表彰を受けた直後に書かれた回顧録となっている。そして馬主のリアルが書かれたエッセイとも言える、馬主はあまり表に出てこない印象があるのでそういった意味でも貴重な書と言える一冊であると思う。

基本的にジャスタウェイのデビュー戦を始まりとして、引退後まで時系列に沿って書かれている。例外的にはセレクトセールについての話がクラシックの途中で挿入される。

惜敗続きからの天皇賞・秋

本書のレースの記述についてだが、負け戦はさらっと流される。その一方勝ち戦については凄まじく臨場感の伝わってくるものとなっている。特にジャスタウェイ覚醒の天皇賞・秋はやはり凄まじい。賞金ギリギリの状態からなんとかの出走。3連勝中のトウケイヘイローに牝馬三冠ジェンティルドンナ、前走毎日王冠の勝者で天皇賞・秋連覇を狙うエイシンフラッシュと名だたる面子。今までもGⅠ馬たちに先着してきたのだしもしかしたら…と思うも自信はない大和屋氏。
そしてそんな状況からの声援が届いたかのような快勝。そりゃジャスタウェイに乗っていた福永騎手も含めて関係者たちも驚きます。
一方須貝調教師だけは驚いてないと言っていたようだ、しかし目が潤んでいたそうだ。ただ強がって驚いて驚いていないと言ったのか、ジャスタウェイは勝てると信じ続けて報われたから涙を流したのか、これは本人にしかわからないがやはりこういうのはグッとくるものがある。
何にしろ関係者の驚きと喜びが伝わってくる文章であった。

いざダービーへ

負け戦はさらっと書かれる本書だが、印象深い負け戦もある。
それは競馬の祭典東京優駿またの名を日本ダービー、ジャスタウェイは11着と惨敗、ゴールドシップもギリギリ掲示板の5着と須貝厩舎にとって苦い敗北となった1戦。
何故印象深いか、それは大和屋氏のダービーに対する想いが強く出ているからである。
須貝調教師を始めとした周りの関係者がジャスタウェイをマイラーだと信じて疑わない中、馬主である大和屋は1人ハーツクライの子であるジャスタウェイが王道路線を走れないわけがない、むしろ父の成し遂げられなかった偉業をここで成し遂げると信じて疑わない。そしてマイルを中心に添えつつもダービーだけは挑戦するローテーションとなったわけです。
後から知った身からすると夢を見すぎじゃないかと思ってしまうかもしれない、だがシビル側の血統は馴染みのない外国産馬だし、何事もふたを開けてみなければわからない部分がある。
なによりも競馬なんてもんは夢を見てなんぼなんじゃないか。現に私もジャスタウェイにとって大事なレースである毎日王冠でのジャスタウェイ産駒ヴェロックスの復活を夢見るも結果は凡走。今度は富士Sでジャスタウェイ産駒初のGⅠ馬であるダノンザキッドの復活を夢見ているのだ、懲りないね。
富士ステークスは明後日10/23、あいつ擦るわーと生暖かい目で見ていただけると幸いです、いやダノンザキッドはやってくれるけどね!復活を遂げてこれからのGⅠ戦線をひた走るからな!

またクラシック時代のディープブリランテカレンブラックヒルの前に行くライバルっぷりが強調されて書かれているのも特筆すべき項目だろう。
後から知った人間からするとブリランテはダービーを勝ち取るも早期引退してしまった馬という印象が強く、ブラックヒルもすごいことになるの印象がどうしても拭えない馬であった。やはり視点が変わると物事は違って見えるし、リアルタイムと後追いには差があると実感させられた。

横道

良くも悪くも本書は横道に逸れがちではある、現地の食事の話とか彼女の話とか馬頭観音の話とか。これを不服とするレビューも見かけたが個人的には馬主のリアルという意味ではこの横道は不可欠だと思う。
その貴重な横道として特に印象的なのはセレクトセールドバイミーティングである。

セレクトセールはデビュー前のシビルの2009(ジャスタウェイ)は勿論、1頭目の持ち馬シアトルデライターの2008についても記載されている。
初年度のハーツクライ産駒、大和屋氏はなんとか購入しようと全てに手をあげて購入を狙い、なんとか初めて購入にこぎ着けたのがこの馬なわけです。セリってこんな風に行われるんだという内容と共に文章からこの時の緊張感がこちらに伝わってくるようでした。
この馬は悲しいことにデビュー前に心臓発作で亡くなった、それでもこの本にシアトルデライターの2008は人生最初の愛馬と書かれている。名前すら得ることのなかった命だが、大事な1頭だったのは想像に容易い。

ドバイミーティングについてだが、日本馬の挑戦数も多く華々しい勝利を飾った日本馬も多いので海外レースにしては馴染みの方であると思う。
実際ジャスタウェイはこのレースでレコードを叩き出す大勝利を飾り、同日の別レースではジェンティルドンナが馬群をこじあけ勝利を飾った。
しかしその一方でレース以外の部分のことはまるで知らないのではなかろうか?少なくとも私は知らなかった。ドバイという国とドバイミーティングの成立、賭け事としての競馬を行えない中で純粋なスポーツエンターテインメントとしての競馬として成功していたというのは結構な驚きである。

ジャスタウェイの性格

さて本書にはところどころでジャスタウェイと大和屋氏の会話が発生する。…ウマ娘やアグネススペシャルではないのでジャスタウェイがしゃべるわけはないので勿論大和屋氏の妄想である。
さて大和屋氏の脳内ジャス君についてだが、別に銀魂っぽい性格ではなかったりする。「まあ、考えとく」とか「まぁ、そうかもね」とまあが口癖のちょっと適当な坊ちゃんとして書かれている、かわいいね。
また須貝調教師によると賢く、走りたくない時は自分から主張するタイプのようである。
意外なところではドバイでは大和屋氏の服に嚙みついたようである、大人しいイメージが強いので正直驚いた。

残念な点

残念な点としては先述の通り負け戦はさらっと流されがちなのだが、凱旋門賞から有馬記念まではかなり薄い。ただし理由は本書の内容から容易に推測出来る。
それはドバイで勝ったことにより周りにローテーションについて口出しをされるようになってしまい、また大和屋氏のハーツクライ以来の目標だったドバイで勝利により燃え尽き症候群に陥ってしまったのである。
私としては有馬記念もさらっと流されたことは残念で仕方なかった。ジャスタウェイにとって最後のレースであると共に、この時の福永騎手の騎乗が叩かれがちな試合でもある。そしてこの3年後、福永騎手のインタビュー記事でこの時のジャスタウェイは繋靭帯炎を抱えていたと書かれている。

これが事実かどうかはこれ以外に触れられていないので真相は闇の中である、本書にも勿論それらに触れられることはなかった。
結局この答えは周りに色々口出しされるようになってしまった結果、あまり言えることが無くなってしまったのではないかなと私は思っている。

終わりなき旅

終わりなき旅はMr.Childrenの楽曲である。そしてこの曲はジャスタウェイの引退式で流された曲でもある。
またそこからか本書の最終章も終わりなき旅である、ジャスタウェイという競走馬を締めくくる上でこれ以上に合うワードはないのではなかろうか。
さて最後の締めとして成功の秘訣が書かれているが、これがまたユーモラスであり等身大でとてもよかった。
夢を諦めず口にすること、具体的な夢もなく勇気のない自分にこれが出来るかはわからないが見習って生きたいものである。

良くも悪くも大和屋暁という1人の人間がジャスタウェイという1頭と出逢い、馬主という道を駆け上がったその記録が本書であると思う。
また流石本業脚本家だけありユーモアもあり読みやすい内容であったと思う。
ジャスタウェイや大和屋暁氏が好きだという人は勿論、この時代の競馬が好きだという人や、馬主という生き方を知りたい人にはぜひ手に取ってほしい1冊だ。
…ただ中古価格が高騰してしまっているのでなんとか再版か電子書籍化してほしいところでもある…。


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