見出し画像

映画を早送りで観るな

映画を早送りで観る人がいると知ったとき、とんでもないことを思いつく人がいるもんだなあと思った。

私は映画を早送りで観ることは決してない。『映画を早送りで観る人たち』という本を紹介されたときも、正直、どうしてわざわざそんな人たちに関する批評を読む必要があるのかしら!と思った。そんな人たちとは分かり合えないに決まっているのだから、彼らについて知るべきことは何も無いと思っていた。

しかし、『映画を早送りで観る人たち』を読んだ今、上に書いたような私の態度こそが、映画を早送りで観たり、いわゆるファスト映画に手を出すような人たちと共通するものなのではないかと思った。

”ファスト映画”は映画を10分程度のダイジェストにまとめた動画である。映画は大体2時間超だが、10分程度のファスト映画を観れば要点を抑えて手早くストーリーを把握することができるのだそうだ。

最近立て続けに映画館で数本の映画を観た。妊娠と出産、その後の育児で忙しく、4年ほど映画館から足が遠のいていたのだが、やっと余裕が出てきたのでチケットを取った。
とはいえ、4年の間、映画と無縁の生活を送っていたわけではない。映画館から足が遠のいた分、Netflix、Amazon Prime、Hulu、U -NEXT、Disney+と契約しており、いつでもテレビ画面から好きな映画を観ることが出来る。
動画配信サービスを呼び出せば、ゾッとするほど大量の映画のサムネイル画像が表示される。魅力的な映画を見つけてはマイリストに入れて、好みの映画のサムネイルばかりが並んだマイリストを眺めてうっとりする。私にはこんなに観るべき映画がある!これなら金輪際退屈することはないだろう!

しかし、マイリストに入れられた映画は数ヶ月、場合によっては数年観られないこともザラだ。”いつでも観られる”という事実に甘えて、ダラダラと視聴を延期している映画が大量にある。契約しているサービスが多いので、マイリストで眠る映画の数は恐らく100に近い。

認めよう。私には、映画を早送りで観る人たちを軽蔑する権利はない。

今回読んだ本には、映画を早送りで観る人たちの生の声がいくつも寄せられていた。面白いかどうか分からないのに、2時間も画面の前に座っていられないという、時間に対するコスパ意識。好きな俳優の出るお目当てのシーンだけを観られればそれで良いという、”襟を正して鑑賞する”という本来あるべき鑑賞態度を排した消費スタンス。
どちらも全く賛同できないが、”襟を正して鑑賞できないなら観ない方がいい”と固く信じてマイリストで映画を眠らせる私と彼ら、どちらがマシなのかと言われると黙るしかない。

本来映画は飛ばしたり一時停止したりせず、2時間を画面の前でまんじりともせず視聴すべきなのだろう。しかし、私としてはそこに映画の重さがあるように思われてならない。
私は毎月(電子書籍を含めれば)数十冊の本を買うそこそこの読書好きである。本は良い。途中で閉じ放題、疑問に思うことがあれば数ページ戻り放題、目次を参考に興味のある章から読むような読書法も、本によっては許されていたりする。
しかし、映画は違う。10秒の沈黙には10秒の意味があり、それを飛ばすのは野蛮な行為だ。また、展開や台詞に疑問を感じても、巻き戻して前のシーンを確認することは許されない。分からないなら分からないままで、シーンは次へと流れていく。
最近映画館で映画を視聴した際に、何箇所か疑問を感じたシーンがあったが、その疑問を口にすることはもちろん、巻き戻すこともできずにただ物語は先へと進んでいった。4年間の空白の間に巻き戻し可能な動画配信サービスに慣れていた身としては残酷に思えるほど、なすすべもない体験だった。

私はとにかく、映画をきちんと鑑賞したいという欲求が強い。意味が分からないシーンがあれば巻き戻して理解したいし、映画のために2時間超の時間をちゃんと確保して、作品とじっくり向き合いたい。
しかし、育児やら仕事やらが忙しい現在、その気合が空回りすることも多い。”今はそこまでの体力も気力もないな…”と脳が判断すると映画からは足が遠のいてしまう。きちんと鑑賞できないなら作品に触れない方がマシ、鑑賞していない作品について言及するなんてもってのほか。そういう姿勢を示す自分を”誠実”とすら思ってきた。

誠実だと思ってきた自分の鑑賞態度と、映画を早送りで観る人たちの根っこにあるものは一緒なのではないか。
動画配信サービスをひらけば、無限に娯楽が広がっている。無数の映画をいつでも観られるという安心が、その際限のない快楽が、作り手が望んでいるであろう本来の鑑賞態度から私たちを遠ざける。

こんなにたくさんの映画があるのだから、絶対に面白いものを選びたい。折角2時間を画面の前で過ごすのだから、絶対に有意義な時間にしたい。鑑賞前から結論を急ぎ、ハズレを引きたくなくてマイリストばかりが充実していく。博打に出られずコスパ意識ばかりが肥大した消費者態度は、映画を早送りする人たちと私に共通するものである。

これは何も映画に限ったことではない。今回『映画を早送りで観る人たち』の頁を開くなり、”面白い!”と確信し、1日もかけずに大急ぎで通読したのは、この本ならnoteに何か書けそうだという下心があったからだ。
もはや何かを鑑賞するという行為は、SNSでそれらしいことを言えるか、近しい友人とコミュニケーションを取れるかという目的意識に支えられている。
映画を早送りで観る人たちと分かり合えるはずがないと思い込んでいた私も、彼らと同じく結論を急ぎ、SNSでそれらしいことを書けるかという目的意識で鑑賞を行う、そういう現代人のうちの一人に過ぎないのだった。


Big Love…