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愛のかがやき

朝晩が急に寒くなって驚いている。日付が変わるとポケモンの完全新作が発売されるのでもはやそのことしか考えられない…。

前回の剣盾の発売が3年前で、3年前は子どもがまだ生後半年くらいで発売直後のお祭り騒ぎに全く参加できず、数年が経過してからソフト(剣のほう)を購入した。

今回は最初期から参加できるぞ…!やったやったやった〜!

気もそぞろですが質問に答えます。今回の質問は長いが大作なのでほぼ省略せずに掲載します。

私は現在彼氏がいます。ですが、既婚者で子どももいることが判明しました。
この事実を知ったのは何ヶ月か前なのですが、結局感情が勝ってしまい今も関係が続いています。
話を聞いたところ、義母とも住んでいて色々なことを我慢し続けていたこと、一緒に住むことは両家顔合わせの際に初めて聞かされ断れなかったこと、相手は遊びに行けるのに自分は友達から遊びの誘いが来ても義母が嫌な顔をするため断り続け、いつしか疎遠になってしまったことなど様々な理由で限界は来ていても、子どもがいるからと離婚する決断が出来なかったそうです。
そんな中、私と出会って「好きになってしまったが、結婚していることを知られたらこの人の恋愛対象から外れてしまうのが怖い」という自分の感情を優先して妻子持ちのことを隠してしまったそうです。

頭では別れた方が良いというのは充分理解しています。ですが今まで色々な男性と出会ってきた中で彼が一番寄り添ってきてくれたこと、今の環境から助けてあげたいという感情が別れる決断が出来ない理由です。

私も恋愛に関してだけは理性が負けてしまいます。子どもに関しても本当はいつか授かるなら二人がいいと思っていましたが、今回の件で仮に彼と一緒になったとしても、そうでなくても一人でもいいと思うようになりました。

前置きが長くなってしまって申し訳ない且つ大変恐縮なのですが、紺さんがどのような恋愛経験をされたことがあるのか、また子どもは一人で充分だと決められた一番の理由を答えられる範囲で教えて頂きたいです。

こんな大恋愛をしている人に語るべきエピソードがあると思うか?

私は大した恋愛はしていないです。同級生の男に恋をして、その人と付き合うことになり、彼の半径1m以内に近づく女を全員始末したいと本気で思っていたという、ただそれだけです。一度別れて結局付き合い直し、最終的には結婚しました。付き合った時から数えると、もう15年くらい一緒にいるらしいです。人生の半分じゃん。いまだにお互いのことが好きなのは結構すごいなと思います。

でも、本当にそれだけです。全然ドラマチックじゃないね。あなたがくれた質問を読んだ瞬間、言いたいことが100個くらい頭の中に浮かんだけれど、誰でも言えるようなつまらないこと(”今すぐその男と別れなさい”、などの妥当な意見)を聞くためにわざわざあなたも私にこんな長い文章を送ってきたわけではないだろうから、きちんと質問に答えます。

しかし、あなたは相当純粋で優しい人ですね。インターネットにこんな、魂の核に関わるような大事な質問を放流するもんじゃないよ。誰が言っていたか忘れたけれど、インターネットはピラニアだらけなんだから、こんな突っ込みどころだらけの恋愛相談を送ってきたら薄汚いインターネット・ピラニアどもに骨の髄までしゃぶられます。まあでも、流石にそんなことはあなたも分かってるか…。私に送ってきてくれたのは信頼の証と捉え、私もなるべく正直に答えますね。

前置きが長くなりました。回答いきます。

子どもは1人で十分だと思ったのは、私が基本的に子育てに向いていないからですね。休日に公園に行ったりすると他の母親の姿を眺めることも多いわけですが、8割くらいの母親って、子どもといると本当に幸せそうです。子どもと追いかけっこしたり、お砂場遊びに付き合ったり、そういうことが心の底から幸せだと思える人も世の中にはいるんだなあというのは、子育てをして初めて私は知りました。

まあ別に、公園で遊ぶことだけが子育てじゃないですよね。私は子どもに勉強を教えたり本を読んだり、子どもと散歩をしながら目に入ったものについて話したりするのは好きです。でも、ごっこ遊びは苦手だし、子どもがいっぱいいる場所(公園や遊戯施設、幼稚園)で遊ぶのも苦手。ごはんを作って食べさせるのは好き、洋服を着替えさせたりお風呂に一緒に入るのは好き。寝かしつけは苦手すぎて生まれてこの方ずっと夫に任せっきり。子どもとふざけてゲラゲラ笑うのは好きだけれど、興奮しすぎて叫ばれるのは苦手。子どもが何を言いたいかを察するのは得意。立て続けに何度も同じ質問をされるのは苦手です。

正直、仕事の方が圧倒的にやりがいを感じやすいんですよね。これは事実なので認めざるを得ない。子どもって本当に可愛いです。ほっぺが丸くていつもニコニコしていて、親である私のことが大好き。手をかけた分成長するし、毎日できることが増えていくのは見ていて眩しい。

それなのに、人の体にメスを入れたり病んだ部分に向き合ったりしている時の方がやりがいを感じるなんて、どうかしてる。自分がどうかしてるということは子育てを始めてから気がついたので、子どもは1人でいい、とその瞬間にはっきり決めました。私は子育てには向いていないけど、子どもが1人だったら心の底から可愛いと思えるし、子どもが成長していくにあたって十分に手をかけることができるから。

仕事でへとへとに疲れて帰宅し、家の中をざっと片付けてから夕飯の準備をしてダッシュで娘を園まで迎えに行く時、今この瞬間に家でだらだらしていられたらどんなに良いだろうと本気で思います。でも、園から出てきた娘と手を繋ぎ、夕暮れ時の空を眺めながらああだこうだ話して家までの道を歩いていると、”ああ、娘がいて良かったなあ…”と心がジンと痺れます。どうして毎日そう思うのか、私自身にもよく分からない。でも、毎日はっきりと”娘、ここにいてくれてありがとう”って、そう思います。

子どもに限らず、他人と生きていくのって基本的に煩わしいことばかりです。でも、娘と家まで歩く夕暮れのひと時みたいに、誰との付き合いにも奇跡のような瞬間が発生する可能性がある。その輝きにやられて、私たちは何度だって誰かのことを好きになってしまいます。多分今、質問をくれたあなたも奇跡のような輝きの中にいるんじゃないでしょうか。どの輝きも永遠には続かないのに、輝きが消えた後も生きていかねばならないのが私たちの不幸ですね。少しでも長く今の輝きが続くよう、インターネットの彼方より祈っております。

今日の回答は以上!いつも質問や近況報告などありがとうございます。紹介できないものや返信不要のもの含めて全て読ませてもらっています。

一生顔を合わせることもないであろう人たちの人生を垣間見るとき、心底インターネットをやっていて良かったなと思う。インターネットはろくでもない場所だけど、私たち、ここでしか息ができない。

インターネット最高!引き続き質問を募集しています。いつもありがとうございます。

Big Love…