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心が閉じて開く

週3回のnote更新を始めてからしばらく経つが、一番しんどいのが火曜日の更新である。土曜日日曜日と育児に脳を乗っ取られて何も考えられず、月曜日は仕事に集中しているうちにあっという間に火曜日が来てしまう。
火曜日の夜に真っ白な画面に向かう時が一番、頭を抱えている気がする。日曜日に更新を終えたばかりだぞ、そんなに書くことがあるわけないだろ。

しかし、書く。

先日、買い物をしに街に出た。まずは髪を切って、それから化粧品でも買おうかなと思っていたのだが、髪を切っている最中にどんどんテンションが下がってきて、あ、これダメだな…と思った。
担当の接客はいつも通りだったし、特に何があったわけでもないのだが、急にテンションが下がって精神が閉じていくみたいなことがたまに起きる。精神の誤作動みたいな感じだ。

最近忙しかったし、買い物をするのをそれなりに楽しみにしていたのだが、それがいけなかった。事前に詳細な計画を立てておくと、土壇場になって面倒になってしまう難儀な性質が自分にはあることを忘れていた。
百貨店の化粧品売り場には様々なブランドの店が立ち並び、そこには何種類もの化粧品が置かれており、つまり選択肢が無数にあるのだが、それらを頭の中に思い浮かべただけで、最適解を選ぶのが面倒になってしまう。選択肢があることは本来胸をときめかせるようなことなのに、選ぶことが義務のように感じられて、その日は髪を切られている最中に化粧品を買うのはやめようと早々に決めてしまった。

とはいえ、次の予定まで時間が余ったので百貨店には一応出向いた。休日だったので人がたくさんいた。化粧品売り場には行かず、アクセサリー売り場に足を向けると、ずっと前から欲しかったイヤーカフが随分安く売られていた。
私はピアス穴を開けていないのでイヤリングしか着けることができず、イヤリングは好みのデザインが見つからないことが多いのでイヤーカフを着けてみたいなと前々から思っていた。
アクセサリー売り場に足を向けたのはただの偶然だった。子どもが産まれてからは耳や首元を引っ張られる可能性があるのでアクセサリーの類からは一切距離を置いてきたし、元々あまり宝飾品に興味のあるタイプでもないので、百貨店でアクセサリーをまともに見るのはこれが初めてだった。

あと数ヶ月もすれば35歳になるので、自分への誕生日プレゼントとしてちょっと高めのアクセサリーでも買ってやるか…という気持ちがないわけではない。しかし、銀座の通りなどを歩いていると、私でも名前を知っているような超高級ブランドの路面店では分厚い扉の前でスーツをビシッと着こなしたガタイの良い男性店員が客が来るのを今か今かと待ち構えているのが外から見え、とてもじゃないが恐ろしくて入店する気になれないのだった。ドアマンがいると怖くて入れないのでやめてほしいが、こういう惰弱な客を弾くために彼らがいるんだろうな…。ドアマン、置いておいて正解である。

路面店に比べて、百貨店に入っているアクセサリー店は冷やかしやすい。潤沢な予算があるわけではないので、あくまで見ているだけですが…という表情を取り繕いながらいくつかの店舗を巡り、最後に冷やかした店でイヤーカフが値下げされているのを見つけた。銀色のカフに小さいパールがついていて、好きなタイプのデザインだった。いいな…と思いながら眺めていると、店員のお姉さんが絶妙なタイミングで近寄ってきて、試してみますか?ときいてくれた。普段だったら断るのだが、勢いに負けて、はい!と元気よく答えた。

いくつか店を巡ってきたので、次の予定の時間が迫っていた。着けてみて似合わなかったら断ろうと思ったのだが、試着の段階でかなり良く、つまり似合っており、これは買っても良いかも…と思った。
私は鏡を見ながらアクセサリーを耳に着けるのが苦手で、要するに不器用なのだが、お姉さんがするりと耳に着けてくれたのもありがたかった。店員さんの目の前で四苦八苦しながら着けると、気持ちがしょんぼりしてしまうから…。

結局購入を即決して、イヤーカフを着けたまま次の予定に向かった。百貨店の外に出ると随分暑かった。右耳にはイヤーカフが光っていて、数年ぶりにアクセサリーを身につけたことで気分は高揚していた。

普段、接客を嫌ってイヤホンをつけたまま店に入ることが多いのだが、その日はなぜか外していた。偶然、お姉さんと私の心の開き具合がぴったりと合って、気持ち良く買い物ができた。
無数の可能性から何かを選ぶことを面倒だと感じるのは閉じた心の状態だと思うのだが、閉じた心のまま足を向けたアクセサリー売り場で一気に心が開いたのは面白い体験だった。こういうふうに偶然に任せて買ったものは長く大切にすることになると知っている。イヤーカフをつける度、きっと私はあのお姉さんのことを思い出すだろう。

Big Love…