午前2時に呼び出さないで

こんばんは〜、日曜日のnote更新だよ。
休日が嬉しいものだという感覚を失って久しい。今の自分がそう思うのは休園で一日中退屈した子どもの相手をしなければならないからなのだが、かつては違う理由があった。

医者をやっている人間は大抵、年末年始の連休、5月のゴールデンウィークを特に嬉しいとは思っていない。なぜなら仕事が楽になるわけじゃなく、むしろ大変になるからだ。

医療関係の仕事って休日よりも平日に働く方がなんぼかマシという特徴がある。平日は院内の検査をやってくれる部署が万全に機能しているから血液検査も画像検査もなんでもござれだし、他の科の医者が常駐しているからコンサルト(自分の専門ではない疾患の可能性や治療について専門の医師にお伺いを立てること)も容易だ。平日の日中の医師は万能と言えるかもしれない。

それに比べて休日夜間の医師はだいぶパワーダウンしている。

そもそも、平日と同じように検査ができない。検査項目は少数に限られる。CTを撮っても読影してくれる放射線科医はいない。知識を総動員して自分ひとりでなんとか読むしかない。

これは自分の専門じゃない、どうやら他科の疾患っぽいな…と思った瞬間から、その科のオンコール当番の医者を病院に呼びつけるか考える羽目になる。

休日夜間の病院には、よほど大規模な総合病院でもない限り当直の医者しかいない。どうやら心臓がヤバいぞとか、虫垂炎っぽいな…と思っても、院内にそれを担当する循環器内科や外科の医者は不在であることが大多数だ。

じゃあ、どうする?翌朝まではひとまず自分を主治医にしておいて、一晩なんとか病棟で様子をみられそうか?翌朝に専門の医者が出勤してくる日ならまだ良い。長い連休に入ると、次に病院が通常営業になるのが3日後、なんてことがザラにある。

当番表を確認し、疑っている疾患の専門の医者が次に出勤するのが連休明けだと知った時の絶望感といったらない。そんなわけで、連休の序盤の休日当番は基本的に人気がない。最も立場の弱い、専門に入りたての医者が担当させられることが多い。

病気になるタイミングを選ぶことはできない。通常勤務の平日の日中に院内PHSに電話をかけるのと、休日の午前2時に私用の携帯に恐る恐る電話をかけるのは訳が違う。特にオンコール当番の医者が怖かったりすると地獄だ。当番表を確認し、怖いと評判の上司が担当であることを知って天を仰いだ夜が何度もある。

それでも自分の手に負えない症例だと判断した時点で、どうしたって電話を掛けねばならない。なるべく心を"無"にして電話を掛ける。

電話を掛ける時にプレッシャーを感じる要因として、そもそも時間帯が休日や深夜、相手が恐ろしい上司、以外に"そもそも自分の臨床診断が正しいのか?"という疑念が常にある。

平日日中であれば、自分の臨床診断について近くにいる同僚に相談したりすることが可能だ。しかし、休日夜間は基本的にひとりぼっちだ。自分の判断がその場の全てであり、自分が決断を下さない限り診療は絶対に進まない。私がナメた甘い判断をすれば、その被害を被るのは患者さんということになる。

即座にオンコールの医者を呼べば良いじゃないかと思われるかもしれない。しかし、休日当番をしているこちらがビビり過ぎた場合、無駄に上司を家から病院へ呼びつけることになってしまう。それは避けたい。ただでさえ忙しい上司の貴重な休みを私の腰の引けた判断で潰すのは嫌だ。

いや、もっと正直な本音を言えば、上司にアホだと思われたくないという気持ちが一番大きかった。"こいつ、アホな上に上司を深夜に呼び出したのか…"と絶対に思われたくない。

しかし、ビビってナメた判断をしたせいで患者さんが被害を被るくらいなら私がアホだと思われた方がマシなのは厳然たる事実だった。休日夜間の勤務はいつも板挟み状態で、特に専門に入りたての頃はビビってオンコール当番の上司を呼びまくっていた。その節は、本当に申し訳ございませんでした(上司はこんなところを見ていないからnoteで謝っても何の意味もない)。

臨床経験の浅さゆえ、上司を呼び出すべき真にヤバい状況と通常営業になる休み明けを待って自分が仮の主治医をやるべき状況の区別がつくまでに時間がかかった。CT上虫垂炎だと思って深夜に外科医を呼び出したのに、腹痛と発熱の原因が全く別物だった時は申し訳なさで土下座しかけた。よく怒鳴られなかったなと思うが、しかし、学年が進んで自分が上司として呼ばれる側になった時、正直ムカついたことは一度もなかったなとも思う。午前2時に呼び出されて"勘弁してくれ〜“と思うことはあっても、"こんなんで呼び出すなよ!"と他の医者に思ったことは遂になかった。

深夜の呼び出しで唯一発狂しかけたのは、自分が主治医として担当していた患者さんが明らかに他科の疾患が原因で毎晩急変し、毎晩午前2時ごろに病棟に呼び出されては他科の医者をコールしていた頃のことだ。

結局その患者さんは転科することになったのだが、そこまでの1週間ほどの間、毎晩深夜の病棟に駆けつけていた頃は本当にしんどかった。自分の専門の疾患ではないから出来ることもないのに、主治医だからという理由で毎晩病棟に呼ばれていた。襲いかかる眠気と自分の無力さがあまりに情けなくて、5日目くらいの晩、ナースステーションで声も出さずに泣いた。処置をしてくれる科の医師の到着を待ちながら、深夜のナースステーションでカルテを書いていたら、ベテランの看護師さんに"先生、泣かないで"と慰められた。この時のことは忘れられない。

自分が35歳になった今、卒業したての25歳くらいの右も左も分かっていない医者が病棟でシクシク泣いていたら、声をかけられる気がしない。泣いたってどうしようもないだろ、バカ、と思って放っておくか、泣き止むまで気づかないフリをして無視しよう…と思うか、そのどちらかだと思う。

声も出さずに泣いていた時、特に慰めを期待していたわけではなかった。でも、慰められたあの夜のワンシーンだけは強烈に心に残っている。毎晩病棟に呼ばれ続けてしんどかったはずの他の夜のことは全く記憶に残っていない。

病棟や診察室で患者さんが泣くことはよくある。泣いている人を目の前にしても絶対にビビらなくなったのは、あの夜の看護師さんのおかげだと思う。休日夜間当番の孤独さは本当に嫌なものだったけれど、その場にいる数少ない人間のコミュニケーションを濃密にする、そういう効能もあったように思う。

Big Love…