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発熱外来24時

第六波が襲来し、とにかく時間がない。昨年末にnoteを毎週更新するよと宣言して以降、大体月曜日頃に何を書くかテーマを決め、火曜日に一気に書き上げ、水曜日に不要な部分を大幅に削って推敲し、木曜日にアップするというスケジュールで(実は)やってきたが、これを書いている現在、なんと木曜日の夜で、つまり背水の陣である。今回はありのままに起こったことを書く。考察を加えたり情緒をまぶしたりする暇がないからだ。

関東のとある病院に勤めているが、1週間くらい前から急に潮目が変わった。発熱外来がパンクし、第五波以前と同様、再び医療崩壊に近い事態が(私の体感では)起きている。朝9時になった瞬間、発熱外来に関する問い合わせが殺到する。感染者の増加に伴ってPCR希望者も激増し、検査をするために駐車場にはテントが張られた。

潮目が変わった頃から寒さが本格化し、北風の吹き荒れる駐車場のテントでひたすら患者さんの鼻にスワブを突っ込む日々である。ガウンの裾が強風にはためき、フェイスシールドが吹っ飛ばされそうになる。暖かくて無風というその一点のみで、診察室や病棟が恋しくなる。屋外の発熱外来対応は寒くてしんどい。隔離のためだから仕方がないのだが。

医療崩壊という言葉を出したが、入院が必要と思われる患者が自宅療養せざるを得ない状況は既に様々な場所で発生している。私が陽性と診断した重症化リスクの高い患者も、保健所に掛け合ってみたものの入院病床が見つからず自宅で様子を見ることになった。持病があり、SpO2が微妙に低く、可能ならば入院させたかったが、ベッドは既に埋まっていた。不安そうな患者に、薬局から貰ってきた薬(陽性なので彼らは薬局に入ることができない。郵送することも出来たが、処方が翌日以降にならないと自宅に届かないのはあまりに気の毒だった)を渡して、家に帰すことしかできなかった。

陽性の診断をした日から、診療の合間を縫って毎朝自宅に電話をかけた。患者さんのためというよりは、私が不安で、状態を知りたかった。毎朝9時ごろに声を聞き、色々な話をした。体調のことや、同じく陽性の診断となったお子さんのこと。自宅療養の心細さからか、効果の不確かな民間療法を試したいという希望も聞き、強く否定はせず、よしておいた方が良いとやんわり制止するにとどめた。5分程度しか話せないが…と前置きをしてから電話を始めたが、大抵30分近く話をした。

数日後、無事に入院が決まったという連絡をもらった。保健所が奔走してくれて、入院先が決まったとのことだった。熱が下がらずしんどかっただろうに、先生もご無事で、という優しい一言を添えて電話は切られた。ガウンやフェイスシールドを吹き飛ばされそうになりながら、寒風吹き荒ぶ駐車場で診療をしていたから、患者からすれば、ずいぶんとんでもない状況で奮闘しているように見えたのかもしれない。無事に退院し、お子さんのいる自宅に戻られることを祈るばかりである。

発熱外来の受診を希望する患者が多すぎて、全員の希望に応えることができず、暴言を浴びせられることも増えた。N95マスクをずっと装着しているせいで、顔に当たる部分は赤く跡がついている。きっちり装着しているから呼吸が苦しく、いつもであれば元気に働けているはずの昼過ぎの時間帯でも、ぐったりと疲れてしまう。感染の危険に怯えながら診療をするのは辛いし、陽性の診断を受けた人や検査を希望する人に、リソースが足りていないせいで十分な対応ができないのも心苦しい。


思い切って、休日は気分を切り替えるようにしている。年末は第六波が来る前だったから、山奥の温泉に浸かりに行った。氷点下の冷え込みの中、深夜の露天風呂に浸かるのは気分が良かった。出鱈目な数の星が散る空を眺めながら、足先がびりびり痺れるほど熱い湯に浸かった。あまりに熱いので温度計を確認したら44℃もあった。熱さに耐えられず、露天風呂に浸かりに来た人たちはすぐに室内の風呂へと戻っていった。山奥の空気が冷たいせいですぐに湯が冷えるから、浸かれるぎりぎりまで湯を熱くしているようだった。

熱々の露天風呂から出て屋内に入り、気まぐれを起こして水風呂に浸かった。全身が熱々になっていたので、まずはそうっと爪先を浸けた。まあ、なんとかなりそうだなと思ったので、腰のあたりまでざぶりと入った。きゅうっと血管が締まる感じがして、露天風呂ですっかりリラックスしていた全身がぞわりと沸き立った。瞳孔が開いたせいかやけに視界がクリアに見えて、絶えず感じている生活や仕事に関する不安がスーッとどこかに飛んでいった。

これがいわゆる”整う”というやつじゃないか?と突然訪れた非日常に酔いつつ、心臓や血管に多大な負荷をかけてかりそめの多幸感を得ているという確信もあった。あまりに気持ちが良かったので、露天風呂と水風呂をもう一度往復した。熱い湯に浸かると血管が開き、水風呂に浸かると血管が締まった。それだけのことで不安がどこかに飛んで行くのは愉快だった。

私は毎晩のように酒を飲んで心を解放するという悪癖があるが、いつかドクターストップがかかったら酒をやめてサウナで整うのも良いなと思った。しかし、心血管系に負担をかけずに不安をどこかに吹き飛ばせないんだろうか。森林浴とか、そういう健康的な良い感じの趣味でストレスをどうにかしたい。

とにかく、第六波に入ってからストレスがすごい。健康を犠牲にしてでも気晴らしがしたい。健康を犠牲にせずに得られる多幸感をあまり信頼していないのかもしれない。ブースター接種が間に合わず(3度目のワクチンはいつまで経っても打てる気配がない)、感染でもした日には診療も3歳児のいる生活も全てがストップしてしまうという恐怖で足がすくみそうになる。でも、発熱外来を受診し、ガウンとフェイスシールド越しに、やっと検査が受けられると安堵する患者さんたちの顔を見ていると、やるしかないという気持ちになるから不思議である。やるしかない。第六波が一刻も速く去ってくれることを祈る。

Big Love…