Vol.40 偉大なる発明家

Mar. 2013

 楽器のイメージからはほど遠い姿形をしたMacやiPadだが、事実として、もはやMacやiPadは使う人によって正真正銘の楽器である。

 では、楽器の定義は何か?となるが、きっと深い話だろうしそこに興味はない。私が音楽家を志した若かりし頃、スタジオに楽器と一緒にコンピュータを持ち込むことは、当たり前ちょい手前のよく見る光景になってきた時代だった。

 音楽制作における当時のコンピュータの役割は、MIDIインターフェイスを介してシンセサイザを鳴らすためのシーケンスデータを入力し、記録されたデータを出力してシンセを鳴らすというシンプルなものだった。
それがいまや、シンセ機能はもちろん、生楽器の録音からネットで共有なんてことまで全部1台のMacで実現できてしまうというから驚きだ。

 テクノロジー革新は楽器という概念すら変えてしまったのだ。
近年もっとも進化した楽器は何か?と聞かれたら迷わず、

「それはコンピュータである」と断言する。

 しかし、当初コンピュータミュージックには、素人には近寄り難い雰囲気を漂わせていた。しかもコンピューターそのものが恐ろしい値段で、そう簡単に手が出せるようなシロモノでも無かった。

 私が最初に選んだ楽器は、ギターよりも弦が少なくて簡単そうに見えたエレキベースで、やり始めたら簡単なんてことはなく、一人前の演奏技術を習得すべく猛烈な練習に励んだ。
と同時に、楽器そのものの歴史を紐解くことにも興味が湧いてきた。
エレキベースなんてものを発明したのはどこの誰で、いつの時代に、そもそも何のために作ったのか? これは興味深い。

 どうしてもこれが知りたくなった当時高校生の宮田青年は、あらゆる手を使って「検索」ならぬ「調べる」作業を進めた。

当然インターネットはない。

 調査にとりかかる前に、発明したのはおそらく日本人ではなくアメリカ人かイギリス人ではないか?という当たりをつけ、その仮説を元にまずは身近なところで兄貴に聞いてみた。兄は考える素振りをみせてざっくりと

「江戸時代ぐらいじゃないか?」

と教えてくれた。江戸時代といえば平賀源内の「エレキテル」の頃である。いくらバカな私でも、ちょんまげとエレキギターがどこでどう転んでも結びつくはずはないことぐらいの直感は働く。

 もう少しエレキに関してまともな知識を持ってそうな人はと思い浮かべてみたところ、楽器屋の店員という答えに行き着いた。
これなら間違いないだろう。

 さっそく近所にあるエレキの聖地「三鷹楽器」へ行き、ロン毛で太った店員さんにエレキベースの起源を聞いてみることにした。
 暇な店はありがたい。彼は展示してある楽器を使って親切に教えてくれた。エレキベースには大きく分けて、代表的な2つのボディシェイプがあり、基本的にはその形状を基にさまざまなメーカーの製品が乱立していて、そのオリジナルを作った会社が、アメリカのフェンダー社であるということだった。

やはりアメリカだった。

 そしてフェンダー社の創業者、レオ・フェンダー氏が1951年に作ったのが、世界で最初のエレキベース「プレシジョン・ベース」だったのだ。
そして1960年には音楽の発展とともに楽器も改良され、さまざまなジャンルに対応させるために開発したのが「ジャズ・ベース」である。

 フェンダー氏はのちに同社を売却するも、新製品を開発したいという理由から、1972年に新たなブランド「ミュージックマン」を起ち上げた。
ちなみに、私が最初に購入したフェンダー氏が開発したベースは、このミュージックマンの「スティングレイ・ベース」だった。

 話を戻そう。なぜエレキベースを作ったのかといえば、それまで低音を奏でる弦楽器といえば、巨大なウッドベースしか存在しておらず、扱いが面倒であった。そこで、よりコンパクトで大音量が出せて正確な音程を奏でる楽器として発明したのが、プレシジョン(正確な)ベースだったそうだ。

 これには多くのミュージシャンが飛びつき、それまで見たこともない楽器だったとしても、一度手にしてしまうと欲が出てくるもので、プレイヤーからどんどん改善要求が寄せられるようになった。

 こうして少しずつ進化を遂げ、フェンダーベースは世界を変え、音楽シーンを変え、スタンダードな存在になった。

 それ以降、発明から60年以上経つ現在でもこの2つのベースデザインがスタンダードとして君臨しており、そしてそれは同じ人物が創造したものである。私は楽器を弾き始めてから30年以上経つが、フェンダー氏のデザイン以上に素晴らしい楽器を見たことがない。

 たぶんそれはプレイヤーをイメージして作り上げた究極の設計であり、「用の美にも近い思想」でシンプルさを突き詰めたミニマルなデザインだったからこそ、未だにそれを超えるものが生まれてこないのかもしれない。

 そろそろまとめに入ろう。

 冒頭の楽器とコンピュータ。アップルのこれまでの歩みはどうだったか? 私にはフェンダーベースと同じ思想と歴史を感じてならない。
スティーブ・ジョブズ氏はiPhoneの発表の際、

「数年に一度、すべてを変えてしまう革命的な製品が現われる。それを一度でも成し遂げることができれば幸運だが、アップルは幾度かの機会に恵まれた」

といっていた。同様に、フェンダー氏も世界を変えた起業家でありイノベーターで、幾度かの機会に恵まれた幸運な人物だ。
いや、二人は恵まれたのではなく、信じられないほどの努力と探究心で自らその機会を創り出したのだ。

 フェンダー氏は1991年に82歳でその生涯を閉じた。
最期の言葉は

「世界中のアーティストにしてあげられることは、全部やった」

と遺したそうだ。
ジョブズにしろ、フェンダーにしろ、私は偉人たちの努力のおかげで仕事ができていることに感謝したい。
ありがとうございました。


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