【感想】本と鍵の季節/米澤穂信

※私のための読書感想文です。ネタバレは配慮しておりません。

刺さりました。物語としては、米澤先生お得意の人が死なないミステリーです。古典部シリーズは吹き抜ける初夏の風のような青春小説なミステリーですが、こちらの本と鍵の季節は秋風にふっと落ち葉の香りが湧き上がるようなちょっと苦みのある大人と子供の狭間の少年たちのミステリー。主人公で語り部の堀川次郎と、堀川と同じ図書委員のイケメン松倉詩門。直線的な堀川と、ちょっと斜に構えた雰囲気の松倉。仲は悪くないけれど特別親しくもない。そんな距離感の二人が出会う日常の謎と、人生におけるささやかな失敗のお話でした。

「やばいときこそ、いいシャツを着るんだ。わかるか?」

「友よ知るなかれ」の、松倉詩門のセリフです。わかります、私は大人なのでわかります。松倉くん。君が高校生でありながら、この言葉をわかってしまうのでしょう。それが、私は、とても悲しい。

そんな君だけど、やむなき事情で住み慣れた土地を離れて進学したその高校で、その図書委員会で出会った堀川次郎は、心根が善人で、平和に育ち、つい「いまのはまずかったな」と顔を顰めてしまう幼さを残しているけれど、そんな彼との間に君が築いた友情は君自身のもので、だから、どうか手放さないで……。

初手から電波っぽい感じで、失礼いたしました。

本と鍵の季節、すばらしいタイトルですね。読み終わってタイトルを見て、じんと胸に響いてしまって。本のタイトルって本当に凄いですね。本と鍵の季節。「本」と「鍵」の季節、かあ…………。
冒頭でも書いたとおり、秋の香りのする物語でしたね。
3年生が引退して静かになった図書室で、シフトが重なるから一緒にいる堀川と松倉。どちらも賢いことは交される会話でよくわかります。切れ者の会話、読んでいて白目を剥きました。はい、私にはとてもできないコミュニケーションを取っている。すごいな君達は。だからこそ、この小説はあのような終わり方をしているのでしょうね。あの終わり、落ち葉の香る秋の風が、いつの間にか鼻腔の奥をキンと冷やす木枯らしに変わっていた、そんな感じの印象でした。物憂げな秋から孤独の冬へ。どうか彼らに温かな春が訪れますように。

松倉詩門の生きてきた現実、それを考えるとぎゅっと心の奥が絞られるような心地になります。それをわかりつつ、一線を越えて欲しくないと訴える堀川の気持ちも痛いほどわかってしまう。でも何をするにもお金が必要で、子供の無力さすら嫌になるほど噛みしめていて、そんな松倉が、もう本当に痛々しくてつらいです。お金は苦労するものね。長男で、大学に行きたくて、弟がいて、母は倒れそうなくらい働いていて。金さえあれば。そう思ってしまう現実に生きていて。考えるよね。考えちゃいますよ。誰だって縋りたくなるよ。だからこそ、そんな松倉詩門と堀川次郎の正反対の立ち位置が本当に美しい。いや、松倉詩門が「普通」の対極にいるだけなんだけど。でもどうしても、堀川次郎の言葉が、松倉詩門のもう一つの蜘蛛の糸になっていて欲しいと願わずにはいられません。

2021年、続編の出版が決定していて本当に嬉しい。松倉詩門と堀川次郎がその後どんな再会をしたのか、どんな関係を結んでいるのか、友人関係は変化したのか、していないのか。それを見られることを期待して、出版を待ちたいと思います。

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