見出し画像

デイヴィッド・グーディス 作家と作品

発売中の『溝の中の月』の巻末解説を特別掲載します。まだまだ知名度が高いとは言えない「ノワールの名手」について、読書のきっかけになれば幸いです。

 本書『溝の中の月』は、ノワールの名手と謳われるデイヴィッド・グーディス(David Goodis)の長編『The Moon in the Gutter』の全訳である。1953年にアメリカで刊行され、1982年には映画化され、「溝の中の月」のタイトルで日本でも公開されているが、原作小説の邦訳は本書が初めてになる。
 著者のデイヴィッド・グーディスは1917年、アメリカのペンシルヴァニア州フィラデルフィアに生まれている。テンプル大学でジャーナリズムを専攻した後、広告代理店で働きながら小説を書き、1939年に『Retreat from Oblivion』で作家デビューを果たした。純文学作品だったが評価を得ることはできず、1946年にクライムノベルに転じて『Dark Passage』を発表。同書は注目を浴び、ハンフリー・ボガート、ローレン・バコールの主演で映画化され、高い評価を得た。初期の4作品はハードカバーで出版され、うち3作までが映画化されるなど人気と評価を獲得している。
 またこの時期を中心に多くのペンネームを駆使して、ミステリのみならず戦争小説やウェスタン小説など多岐にわたる短編作品を量産していた。
 1950年代からはペイパーバック作家となり、最初の『Cassidy's Girl』(1951年)は百万部を超えるヒット作となったものの、その後は凋落してゆく。1960年代初頭までは作家生活を続けていたが、徐々に作品を発表しなくなり、1967年に死去した後には、本国アメリカでは忘れられた存在となっていた。
 だがグーディスの作品は、フランスでは高く評価されていた。『Dark Passage』が本国発表の3年後に翻訳刊行されたのを皮切りに、1950年代には主だった作品が翻訳されている。その後も翻訳は続き、1985年には長編全18作品がすべてフランス語で翻訳刊行された。またグーディス原作の映画もフランスでのものが多く、映画化された10作品のうち8作品までがフランスを中心とした映画になっている。
 日本での翻訳紹介は大きく遅れ、1961年の『Night Squad』がようやく著者の死後の1967年になって『深夜特捜隊』として翻訳刊行されたのが最初で、その後も翻訳は進まず、1971年に映画化された『The Burglar』が、映画の日本公開にあわせて1974年に『華麗なる大泥棒』として翻訳刊行されたのみで、代表作ともいえる『ピアニストを撃て』『狼は天使の匂い』の翻訳刊行は21世紀になってからだった。
 一方で映画化作品は10作品中の8作品が日本でも公開、ソフト発売されており、なかでもフランソワ・トリュフォー監督による「ピアニストを撃て」(1960年)や、ルネ・クレマン監督の「狼は天使の匂い」(1972年)はフィルム・ノワールの名品として人気がある。映画の人気と原作の紹介が連動していないのは残念なことだ。もっとも映画「狼は天使の匂い」に関して言えば、脚本を担当したフランスの人気作家セバスチャン・ジャプリゾが原作に大幅な脚色を加えたためにほとんど別物になっており、映画の公開時にはジャプリゾが自らノベライズした『ウサギは野を駆ける』のほうが翻訳刊行された経緯がある。
 前記したようにグーディスの長編は18作品のうち10作品が映画化されており、非常に映画化率が高いのは注目に値する。シンプルなストーリー展開、簡潔でリズムのある文体、視覚的な描写といった特徴が映画に向いているのかもしれない。グーディス自身も『Dark Passage』の映画化を機にワーナー・ブラザースで脚本家として働き、1950年代を中心に数本の映画やテレビ番組でシナリオなどを担当している。
『溝の中の月』は前記したように1982年に映画化されている。「ディーバ」のジャン=ジャック・ベネックスが監督・脚本にあたり、舞台はフランスに変えられていたがストーリーラインはほぼ原作のままだ。主人公ビル(名前はジェラルドに変えられている)をジェラール・ドパルデュー、ロレッタをナスターシャ・キンスキー、ベラをビクトリア・アブリル、ローラをベルティス・リーディング、ニュートンをヴィットリオ・メッツォジョルノが演じている。日本でも1987年に劇場公開され、その後はソフト発売もされている。だが残念ながら批評的にも興行的にも成功したとは言い難いようで、原作の翻訳刊行には至らなかった。
 総じて日本での評価は芳しいとはいえないまま、著者の死後半世紀以上を経て、いまや知られざる名手となってしまった感も強いグーディスだが、本書を機に再評価されることを願いたい。

いかがですか?
グーディスの代表作ともいえる『溝の中の月』は、amazon.co.jpにて発売中です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?