見出し画像

1リーグ制はファンを幸せにするか?(2004.6.23記)

15年少し前、ちょっとスポーツ関係の文章書きたいな、と思ってウェブサイト作ってました。当時まだブログはそんな一般的ではなく、ウェブサイトを作らなければならなかったのです。ただそのサイトが2021年1月下旬にサービスを中止するそうなので、いくつか移植することにしました。

これはちょうど2004年6月23日、球界再編騒動が起こっていたときに書いたものです。いまさら、という感じのものではありますけど、変わってないと思うこともあるので移植することにしました。


球界再編騒動 

 近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブの合併計画発表を引き金に、1リーグ制への移行がささやかれている。実際、野球というスポーツの特性上、奇数チームでリーグが存続出来るともすべきとも思えない。1チームが3日間試合がなくなるわけだから、先発ローテーションを組む上で不公平が生じることになるからだ。だから、本当に合併するのなら、その先にはもう1チームつぶした上での1リーグ制以外にあり得ないことになる。

 ちょうどこの時、私は留学中でアメリカに住んでました。反対運動に加わりたいのに加われない、そんなもどかしさを感じてました。

 この時、12色のひもで作られたミサンガが出てましたね。私も日本から取り寄せてアメリカで付けていました。アメリカ人の友人が「それは何だ?」と聞いてきたので、日本プロ野球で起こっていることを説明しました。「それは許せない。オレもおまえに味方する」といってくれて、ミサンガを自分も着けたいと言ってくれました。日本から取り寄せて彼に渡すと、彼も付けてくれました。この時の国境を越えたスポーツファンの連帯感、忘れられません。

なぜ1リーグ制?

 1リーグ制を進めようとする動きの背景には、ジャイアンツを除く多くの球団が経営難にあることと、一流選手が次々とメジャーリーグに移籍していくことへの危機感がある。
 なぜ経営難と1リーグ制が結びつくのか。いうまでもなく、日本最大の人気球団はジャイアンツであり、セリーグ各球団はジャイアンツ戦から得る収益によってパリーグ各球団よりも良好な経営状態を維持している。2リーグ制を維持する限りジャイアンツのいないリーグはジャイアンツと試合をすることは出来ないが、1リーグ制になれば全球団がジャイアンツと試合ができるようになる。そうなれば、現在のパリーグ各球団も、最低でもセリーグ5球団と同じくらいの経営状態を維持できるという皮算用だ。
 では一流選手のメジャーリーグ流出問題と1リーグ制はどう結びつくのか。理由は2つ考えられる。1つは年俸の問題である。たとえば、いまメジャーリーグでプレイしている日本人選手の中で、モントリオール・エクスポスの先発ローテーションで10勝をあげるのが精一杯の大家友和投手は2億5千万円、シアトル・マリナーズの中継ぎである長谷川滋利投手は3億5千万円に相当する年俸を手にしている。この数字は、日本でプレーしている松坂大輔や豊田清よりも高い。つまり、アメリカでプレーしていれば、中継ぎ投手や10勝をあげるのがやっとの投手であっても、日本有数の金持ち球団である西武ライオンズの先発エースやリリーフエースよりも高い年俸を手にすることができるのである。

 「日本有数の金持ち球団である西武ライオンズ」とは今はいえませんね・・・・。

 それはそれとして、日米の年俸の格差は今でもあります。日本のプロ野球選手の年俸は「安すぎる」のです。

 そもそも少なくとも日本において、長谷川や大家のレベルの投手に対してこれほどの年俸が支払われることはあり得ない。従って、サラリーの面で日本がアメリカに対抗するためには、各球団の経営体力を強化して平均年俸を上げる必要があるというのは論理的な結論ではある。
 次に、球団を絞り込んでプレーのレベルを向上させることも理由として考えられる。いま12球団で一軍選手は300人いるわけだが、これが10球団1リーグになれば250人、8球団1リーグであれば200に絞り込まれる。となるとその分プレーのレベルが上がると考えられるから、よりレベルの高い地を求めてアメリカに渡ろうとする選手は減るだろうと考えることができるわけだ。

 2リーグ分裂当時の志を捨てるな


 理論上、このような利点が考えられる1リーグ制だが、わたしは断固反対である。
 そもそも2リーグ制になったきっかけは、戦後復活したプロ野球に毎日新聞が加盟を申請した際、球団数拡大を支持するか反対するかで既存球団が二分されたことによる。加盟を支持したのが阪急、南海、阪神を中心とするグループで、反対したのが読売、中日を中心としたグループである。単純にいえば、拡大支持派がパリーグを結成し、拡大反対派がセリーグを結成したことになる。ただし、阪神は当初はパリーグ加盟の予定だったが、途中で態度を変えてセリーグに加盟している。
 大切なことは、このプロセスの中で、拡大反対派も最終的に拡大を受け入れ、セリーグにも広島、国鉄をはじめとする新球団の加盟が認められたことである。この背景には、読売新聞の総帥、正力松太郎の意向があった。彼は本来球団数拡大には反対だったが、「大リーグに追いつくことを目指すためにも大リーグと同様に2つのリーグが必要である」としてパリーグの結成と2リーグ分裂を支持する態度を取った。
 わたしはプロ野球において読売グループがなしてきたことに対しては非常に批判的だが、この正力の目線の高さは率直に賞賛したいと思っている。2リーグ制を捨て、1リーグ制に回帰することは、この志を捨てることになる。果たして本当にそれでよいのだろうか。
 とはいえただ反対論を唱えるだけでは問題は解決しない。現状のプロ野球が問題を抱えていることは事実であり、それに対する解決策を提示出来て初めて有効な反対論たり得るわけだ。

 このあたり、今読み直すと気恥ずかしいところもあります。

赤字を減らす方策は?

 まず経営問題について論じてみたい。
 今回近鉄が発表したところによると、バファローズの赤字は年間40億に達するという。その額を例えば10億円程度に圧縮することができれば、現状の問題は大きく改善されるだろうから、だいたいそのあたりを目途に考えてみるとする。
 最大のターゲットはテレビ放映権である。日本では、野球中継のテレビ放映権は各球団がそれぞれ管理し、それぞれテレビ局と契約する。したがって、人気球団の放映権は高く売れるから人気球団にのみ収益が偏る形態になっている。
 さらに、日本の特徴として特定球団とテレビメディアとの結びつきがある。そのもっとも顕著な例はジャイアンツと日本テレビの関係である。ジャイアンツのホームゲームは原則として系列の日本テレビで放送されるが、この放映権は1試合当たり5000万円ほどディスカウントされていると言われている。言い換えれば、日本プロ野球全体としてみれば、選手たちが本来手にすべき所得のうち、年間で35億円が日本テレビに移転されている計算になるのである。
 ところで、メジャーリーグはこれとは全く異なる方式をとっている。テレビ放映権は連盟が一括管理し、収益は各球団に分配する仕組みになっているのだ。そのため、一部の人気球団ではなく、「メジャーリーグコミュニティ」全体に収益が行き渡る。
 ここで日本が大リーグ方式をとった場合のことを考えてみよう。そうなると必然的に日本テレビディスカウントもなくなり、放映権は競争入札制になることになるわけだから、日本プロ野球が放映権によって得る収益は、単純計算で35億円から40億円(入札による高値効果が生じた場合)は増加することになる。もちろんホームチームにはある程度の加重分配をすべきだから、ジャイアンツには現状で得ている収益は取り分として保証するとして、均等分配はこの増額分のみにするとしても、ジャイアンツを除く各球団については3億から4億の増収が見込めることになる。
 いうまでもなく、ジャイアンツ戦は日本プロ野球でもっとも人気のあるコンテンツである。世界にはさまざまなスポーツリーグがあるが、もっとも金の取れるカードをわざわざディスカウントするなどというばかげたことをしているリーグはまれなのではなかろうか。プロ野球全体のためにも、このようなやり方はそろそろやめるべきであろう。もし、読売グループが未だ正力松太郎の志を保っているのならば、むしろ自ら率先して大リーグ方式の採用に向かう音頭を取るべきだ。

 このあたり、時代を感じます。もはやジャイアンツはそこまでのキラーコンテンツではなくなっているわけですから。それはこの球界再編後、パリーグ各球団が地方へと活路を見いだしたことが大きく影響しています。

ドラフト裏金問題 

 もちろんこれだけではまだ目標額には足らない。そこで次に考えてみたいのがドラフトである。いま、1人の大学生の逆指名を取り付けるのにおおよそ10億程度の裏金が必要だという。その金は、本人に渡るだけではなく、高校時代の恩師、影響力のある親戚、リトルリーグ時代の指導者など、本人の周囲にばらまかれる。知人に地区予選レベルでは強豪と言っていい高校の野球部の監督がいるが、彼の言によれば「2人プロ野球選手を出せば家が建つ」という。
 この裏金は何のために費やされているのか。もちろん逆指名を取り付けるためである。ということは、逆指名制度がなくなれば、裏金の必要性は大きく減るといえるだろう。そこで、ドラフトの本来の趣旨、つまり戦力均等化に立ち返って、逆指名制の廃止と完全ウェーバー制への移行を提案したい。そうすれば、裏金に費やされている年間数億から20億円程度の出費が減らせることになる。放映権と合わせておおよそ10億円から15億円は収支を改善出来るだろう。

 「プロ野球選手を2人出せば家が建つ」といったのは甲子園にも出場したことのある学校の監督ですが、実名は伏せさせていただきます。このあたりの一端を描いた本を当時の当事者の1人である坂井保之氏が書いてますね。

 これでもまだ10億円から20億円程度目標額に足りない。ここで切り札になるのがネーミングライツの売却である。ネーミングライツ売却は、今年初めに近鉄が提案したにもかかわらず、各球団の反対、とりわけジャイアンツの渡辺恒雄オーナーの「野球協約の全ての条項に違反する」という発言によって流れたが、現実には先例がある。西武鉄道が買収する前のライオンズである。
 その間、ライオンズは太平洋クラブとかクラウンライターと名乗っていたが、これは太平洋クラブやクラウンライターがライオンズを買収したのではなく、彼らは単にネーミングライツ使用料を払っていただけである。したがって、野球協約に違反しているわけではないのだ。
 少なくとも、協約に規定のない「対等合併」を進めるよりも、はるかに合法性の高い措置だと言える。近鉄の提案は、36億円で売却することだったが、さすがにそれだけの額を出せる会社がおいそれといるとは思えない。だが、放映権やドラフトと組み合わせることで権利料を10億円から20億円にできるとすれば、買い手はより付きやすいだろう。

 ネーミングライツは、スタジアムについては定着しましたが、球団についてはその後は特に議論になりませんでしたね。

 たったこれだけのことで12球団からなるいまのコミュニティを維持出来るのである。最悪でも、ネーミングライツ売却だけでも実現出来れば状況は大きく変わる。繰り返していおう。もし渡辺恒雄氏に正力松太郎のような志があるのならば、2リーグ制解消のためでなく、12球団2リーグ制維持のためにこそリーダーシップを発揮するべきではないだろうか。12球団とそのファンからなる日本プロ野球というコミュニティを維持するために私心を捨て、少し工夫をすれば、それは決して不可能なことではないのである。

 これから論点を選手流出問題に移していきます。

選手流出は止められない:日本プロ野球の南米サッカーリーグ化

 次に、選手流出の問題である。実はこれについては、いかなる措置を講じてももはやメジャーへの選手流出は阻止出来ないというのがわたしの結論である。仮に経営体力を強化して平均年俸をアップ出来たとしても、あるいは一軍選手の絞り込みによってプレーのレベルが多少アップしたとしても、やはりメジャーの超一流の選手たちと切磋琢磨したいというアスリートの本能を押しとどめることは出来ないだろう。
 前にも書いたように、わたしはメジャーと日本プロ野球には、平均的に見てそれほど力の差はないと考えているが、それでもアメリカの超一流選手の能力は図抜けている。
 彼らと同じ場でプレーしたいと思うこと、それはアスリートとして当然もつべき欲求であり、少々の小細工で薄れていくものではないだろう。
 というわけで、わたしは日本プロ野球の南米サッカーリーグ化は避けがたいと思っている。南米のサッカーリーグは、レベルは世界的に見て高いが、選手にとってはヨーロッパリーグへのステップアップの場になってしまっている。それと同じように、日本プロ野球は、選手にとってはメジャーリーグへのステップアップの場としての意味合いの強いものになっていくのではないかわたしは考えているのだ。となると、これを前提とした上で、日本の野球ファンのためにどのようにして魅力的なコンテンツを提供するのかが課題になる。そしてその課題へのソリューションとして、1リーグ制への移行が最適解であるとはとうてい思えないのだ。

 「南米サッカーリーグ化」というのは現実になりましたね。

 その最大のものは、1リーグになるとまず日本シリーズがいまのものとは全く異なるものになることだ。理論上、1リーグにおける日本シリーズは次の3つの方法が考えられるが、それぞれに問題がある。

・東地区、西地区にわけて順位を決定した上での1位同士の対戦
・年間1位、年間2位との対戦
・2シーズン制での前期優勝チームと後期優勝チームとの対戦

 まずどの案にも共通している問題は、日本シリーズの対戦組み合わせが結局レギュラーシーズンで20試合以上対戦している相手と同じになることだ。そのため、見てる側として新鮮な喜び、驚きを感じる余地が全くなくなる。それに加えて、東西案の場合は、例えば過去10回以上日本シリーズで対戦して幾多の名勝負を繰り広げてきたライオンズ対ジャイアンツの組み合わせが日本シリーズから消滅する。また、年間1、2位案及び2シーズン制案の場合は年間勝率1位のチームが優勝チームになれない可能性がうまれる。
このような日本シリーズが、ファンにとっていまよりも魅力的なコンテンツになるとは考えにくい。だから、日本シリーズのためにも12球団2リーグ制をあくまで維持した上で、ペナントレースをよりエキサイティングなものとするために、戦力の均等化というドラフトの原点に立ち返って完全ウェーバー制を導入すること、また、経営改善に必要な措置を、球団単位でなく、プロ野球コミュニティ全体として取る。それこそがいま本当に必要とされているソリューションではないのだろうか。

 最後に、当時の生の声を。あの頃の危機感、今はなくなりましたね。

 球団合併案が報道されてから、幾人かの友人とメールを交換してきた。みな、自分の応援するチームだけでなく、野球そのものを心から愛し、多かれ少なかれ分析的観戦主義を共有している友人たちだ。
 その中で、わたしは1リーグになったらもう日本プロ野球を見ることはないだろうと言った。あるライオンズファンは、日本野球と日本プロ野球はもはや区別するべきだと言った。あるジャイアンツファンは、いまのジャイアンツを見ていると応援する気が起こらないと言った。あるバファローズファンは、野球熱が確実に冷めてきたと言った。
 もしかしたら私達はプロ野球ファンの中では少数派なのかもしれない。多数派は、プロ野球全体はどうでもよく、ひいきチームが勝てばそれでいい人たちなのかもしれない。分析的に野球を見るのではなく、外野席で大騒ぎができればそれでいい人たちなのかもしれない。そういう人たちにとっては、12球団だろうが10球団だろうが8球団だろうが、2リーグだろうが1リーグなのだろうがかまわないのかもしれない。
 けれども、少数派かもしれないが野球そのものを愛している人々、そういう人たちが1リーグ制への動きに伴って日本プロ野球から去ろうとしていること、1リーグ制を進めている人々には、そのことの意味をもっと考えて欲しい。そう強く思う。

 そして最後に。「自分のお金で試合を見に行く人の声」を大切にして欲しい、という思いは今でも変わりません

 球団経営部にしても、マスコミにしても、野球評論家にしても、自分のお金で野球を見に行くことはほとんどない人々である。だから、多数派であれ少数派であれ、ファンの目線にたってものを考えることは決してない。実際に球界を動かしているのはそんな人々だと言うことを、今回改めて思った。

(2004. 6.23記)

 実はこの文章には続きがあります。また近いうちにアップします。