白線の外側に

 草むらの中に突然自転車のハンドルが突き出ていて、そこが自転車置き場だったのだと分かった。
 よく目を凝らすと、風が吹くたび波打つ草のあいだで、くすんだ銀のフレームが細い蔦に絡め取られて薄らいでいた。
 券売機のボタンはどの表示も積もった埃で白く見えなくなっていたので、私は目を閉じて少し考え、ひとつを選んで押し込んだ。目を開けると私の触れたところだけ、くっきり丸く剥がれ落ちていた。

 ホームには電車が扉を開けて停まっていた。私が近付くと、屋根にぎっしり並んだ鳥たちがどろりと首を傾けて見た。
 車内にはまばらに人影があったが、ひしむように静かだった。
 動くものはなかった。
 優先席で壁にもたれて目を瞑る少女の正面では、少女が立て掛けられた松葉杖をじっと見つめていた。腕組みをして床を睨む男の隣で、男は彼の眉間を眺めていた。扉近くには肩に掛けた鞄の重さで上着が縒れた女の、同じ背中がふたつ並んで凝固した窓の外を向いて立っていた。
 私は車両から車両へ渡り歩き、一番端に腰を下ろした。
 色褪せた広告の日付は消えかかっていて、去年のものにも来年のものにも見えた。

 窓の外には霞んだ青空が広がっていた。
 閉まらない扉から入り込む強い風が、時折吊革と人々の髪と袖と裾を揺らした。風は海の匂いがして、もうじき雨になるのだと思った。
 私はふと、窓を閉めてこなかったことを思い出した。
 開け放たれた窓を滑り込んできた風にカーテンが膨れ上がり、花のない花瓶が倒れ、溢れた水で床に散乱する空の封筒の宛名が滲み、そのうちそれも分からないほど雨に濡れて、そういうことすべてに気付くこともないまま、ベッドの上で膝を抱えてゆっくり冷たくなっていく私のことを思った。
 

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