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"君"とは… Episode 5

土曜日。
約束通り、"いつもの改札"で集合した。



井上:おはよ!さすが…早いね。今回こそは私の方が早いと思ってたのに。

●●:おはよう。楽しみにしてたのもあるし…。

井上:ふふっ。じゃあ行こう、"デート"。

●●:…へ?

井上:"デート"じゃないの?だって2人で行くんでしょ?笑

●●:…うん。まあそうだな。



井上の言う"デート"は多分、僕の思っている"デート"とは違う。
それでも井上から"デート"という単語が聴けたのは、この上ない喜びだった。



井上:それで?どこに行くの?

●●:まずは××駅の近くにあるラーメン屋。友達が行ってたのと、YouTubeで見て、美味しそうだから。

井上:へぇ。知らなかった。なかなか行かないからなぁ。でも楽しみ!

●●:こっちに乗ろう。特急は人がいっぱいで座れないし。

井上:まぁ急いでないしね。



敢えて選んだ普通列車。人が少ない…というのも理由だが、隣に座っていられる時間が長いというのも1つ。

他愛もない話で笑い合う。
休日のこの時間の普通列車の車内はガラガラだ。




ーーー





電車を乗り換えて、着いたのは隣の県の有数の繁華街。その繁華街のアーケードを歩く。



●●:ここだ。

井上:珍しいね、●●がこだわって行きたいなんて。

●●:…"推し"も来てたらしいんだよ、ここに。

井上:へぇ…。推しねぇ。

店員:お次の2名様どうぞ〜!






井上:うわぁ…美味しそう!

●●:食べたくなっちゃうよね…このビジュアルは。

井上:なんか●●が来たくなった理由がわかるかも。いただきます!

●●:うん。いただきます。



2人で味わったラーメン。
これまでで1番美味しかった。
しかし、もう一度ここに来た時も同じかは…分からない。



●●:ごちそうさま。美味しかった…。

井上:本当に美味しかった…。

●●:この後、△△に買い物行こうかなって思ってる。

井上:△△ね。そこの中にあるカフェ行ってみたかったんだよね。確か…ほら!

●●:おお…すごい映えてる…。ちょうど良いし行こうか。

井上:よし!そうと決まれば行こう!

●●:おう。





ーーー





井上:だいぶ歩く…ね。

●●:そうだな。

井上:…。

●●:…靴擦れ?

井上:…うん。ちょっと張り切り過ぎたかな。

●●:"俺なんか"の為に張り切らなくても。



少し自虐的に言ってみる。



井上:…こんなこと滅多に無いんだし、折角だから。

●●:あともう少しだから、頑張ろ。

井上:…うん。ありがと。




ーーー





●●:着いた。

井上:お、意外と並んでない。

●●:まあちょっと微妙な時間だしな。

井上:そうね。アイスコーヒーとあと何頼む?

●●:井上は?

井上:…ハニートーストか季節のパフェか…季節のパフェにしよ!

●●:…じゃあ俺ハニートーストにする。ちょっとあげるよ。

井上:ほんと?!ありがと!



こういうところがダメなのかもしれない。
でも食べたいものが特になかったと言うのも真実。



パフェとトーストが到着。

井上:美味しそう…。

●●:こんな映えてるカフェは初めてだわ。

井上:いっただきます!



食べた後に君は僕に笑顔を向ける。
ああ、誘って本当に良かったと思った。



●●:ハニートーストなんて初めて食べたけど、めちゃくちゃ美味しいじゃん。

井上:私も食べたい!

●●:いいよ。ちょっと待ってね……はい。



フォークを差し出そうとすると、対面にいた君はトーストに口を近づけた。

その瞬間、井上にあ〜んをしていた。

一瞬、時が止まった気がする。



井上:…ん!本当だ、めっちゃ美味しい!



君は何も思わなかったのか。
カップルでも無い2人があーんをするなんて。



●●:…だよね。やっぱり…こう言うカフェのは違うのかな。



なんとか台詞を捻り出して、平静を装った。

…拍動は言うことを聞いてくれないが。



ーーー



それから2人でずっと喋っていた気がする。

菅原のこと、テストのこと、推しのこと…。



井上:そういえば推しってさ、前言ってたアイドルの子だよね?

●●:うん。"かっきー"っていう子。

井上:前送ってくれた絵描いた子だよね?

●●:そうそう。



偶然にも、推しが井上の推しの絵を描いていたので送ったことがあった。

僕はどうやら"推し"にも、何か応援されている気がする。
そんな運命を感じた。



コーヒーはもうとっくに空になっていた。

でも、話は尽きなかった。

進学校じゃなかったら、こんな放課後も過ごせたのだろうか。

他のお客さんからも離れた窓際の席。
そこは描く通りの2人だけの世界だった。






ーーー






カフェを出て、一通りの買い物も終えた。

帰りも普通列車に乗ることになった。

井上がゆっくり帰ろうと言ったからだった。

出発して数駅経った時、井上の頭がコクコクと上下した。



●●:やっぱり疲れたよね。

井上:…うん。ちょっと眠い…。



少し空いてる車内だと言うのに、井上の隣には別の人が座っている。

少し井上の頭を自分の肩に寄せた。



●●:首痛いと思うし、寝ててもいいよ。

井上:…ん。…ありがと。



着くまでの10駅程の間、井上の頭を支えた。
周りはみんな首を下にしてスマホを見ている。

少し自分自身の行動に引く気もしたが、そんなことはどうでも良かった。

普通列車だというのに、その10駅程は新幹線かのように一瞬だった。




ーーー




駅に着く1駅前あたりに君は目覚めた。



井上:寝ちゃってごめんね。肩痛かったでしょ。

●●:いやいや全然。むしろ朝早くから俺のためにありがとね。

井上:…まあ●●に申し訳なかったしね。



現実へと引き戻されてしまう。着いて欲しくない。

無情にも井上の最寄り駅の案内が流れる。
自動放送がいつもよりも無機質に感じた。

ドアが開く。一旦見送るために、一緒にホームに降り立った。



井上:わざわざ降りなくても良かったのに。

●●:まあいいじゃない。今日はありがと、楽しかった。

井上:こちらこそ、ありがとうね。じゃあまた!バイバイ👋

●●:うん、また月曜👋



独り次の列車を待つ。目の前を特急列車が通過していく。
冬でもないのにその風が体を刺してくる。

その意味が自分にはよくわかった。





ーーー






いつもの帰り道。さっきまでの幸福は残っている。
でもその反面、家へ向かう足がいつもよりも重かった。

神様に聞きたい。

こんな間柄なのに"彼"になれないのは何故なのかって。

川﨑に言われたことがある。



川﨑:本当に和って●●に好きな気持ちはないのかな。



僕が1番知りたい。

…今日の2回の"一瞬"が頭から離れない。



井L:ありがとう、楽しかった!

鳴った通知。帰り道、1人呟いた。



●●:…"和"。



…僕はきっとそう呼び合いたいのだろう。

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