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バースデーが終わる前に

今日は誕生日。

と言っても自分の、ではない。

大切な人の誕生日。




●●:…ただいま。




傘を閉じながら呟く。

かと言って、もう…。

君はこの家にいない。

残っているのは去年の誕生日に、お揃いで買ったアクセサリー。

独り椅子に腰掛けて、アールグレイを飲む。







〜〜〜







山下:今日からお世話になります、山下美月です!

●●:同じく●●〇〇です。

部長:この部署に新入りが2人も来てくれるなんて嬉しいよ。これからよろしく。

2人:よろしくお願いします。




君とは同期で同じ部署に配属になった。

初めて顔を合わせたのは、新入社員オリエンテーションのとき。

と言っても、所詮同期の打ち合わせだ。

ただ…周りを見渡しても明らかに違った。

優秀で…優しくて…何より美しかった。

それを人は一目惚れ…と呼ぶのかもしれない。

しかしながら、あくまで仕事仲間に過ぎなかった。




部長:今日からこの一件は●●と山下にやってもらうと思うが、大丈夫か?

山下:はい!大丈夫です!

●●:分かりました。

部長:2人には期待しているからな。頼んだぞ。




やがて活躍が認められて、2人で動くようになった。

距離が縮まったのはその辺りだったか。

ある日、先方からの帰り。




山下:ねぇ●●さん。私お腹空いたんだけど、時間って大丈夫?

●●:山下さん、何も食べてなかったの?

山下:ちょっと時間なくて。

●●:早く終わっってるから、どっか食べにいく?

山下:●●さんも良いの?

●●:良いじゃん、たまには。




中華料理屋で初めて君とご飯を共にした。




●●:辛っ!!

山下:うん、美味しい!

●●:っ…辛いの得意なんだね…。

山下:嘘、そんなに辛い?

●●:いやいや、見たら分かるでしょ…真っ赤じゃん。

山下:麻婆豆腐大好きだからね〜。




辛いものが得意なこと。

意外と良く食べること。

胃下垂を気にしていること。

いつもとちょっと違う…君の姿にまた惹かれた。




山下:と言うかさ、●●さんだけだよ。さん付けで呼び合ってる同期。

●●:だって、ネットの礼儀かなんかにそう書いてあったから。

山下:そういうとこ真面目というか、頑なだよね〜。

●●:頭が堅いってか?

山下:そういうことじゃないじゃん!

●●:嘘嘘、冗談冗談笑。

山下:もう、"●●"サイテー笑。

●●:…!

山下:ほら…この方がいいと思うな。やっぱ距離感じちゃうから、呼び捨てにしない?部署で唯一の同期だからさ。

●●:…分かったよ、山下。

山下:そうこなくっちゃ!

●●:はいはい、早く食べて出るよ。




誰がそんな願いを断るのか。

それからというもの、ちょくちょく一緒にご飯を一緒に食べるようになった。







ーーー







仲良くなって、気づけば一緒に遊びに行く仲にもなった。

そして、3年前の今日。




山L:●●、今日空いてる?

●L:空いてるけど。

山L:じゃあ、××駅に10時に集合ね!

●L:急すぎない?

山L:細かいことはいいの〜!




●●:ごめんごめん、待った?

山下:だいぶ待ったよ〜。

●●:申し訳ない…。

山下:嘘嘘、冗談笑。ありがと。

●●:で、どうしたの?

山下:今日、何の日か知ってる?

●●:今日?

山下:私の誕生日です!

●●:…え!おめでとう!

山下:ありがと!

●●:…って言うか知らなかったんだけど…。

山下:そこで●●の出番!

●●:…?

山下:●●の1日を頂戴します。

●●:ほう…?




買い物に付き合わされたり。




山下:●●、どっちがいいと思う?

●●:え〜…どっちも似合うと思うけどなぁ…。

山下:そういうことは聞いてない!

●●:ええ…笑。




一緒にランチを食べたり。




●●:また辛いのじゃん…。

山下:辛いラーメンとかもう最高!




あっという間に時は過ぎて、もう夕方。




山下:ねぇ、最後にアレ…乗らない?

●●:…いいよ、行こ。




そう君が指差したのは、観覧車。

今日一日のこと。

今までのこと。

大体わかっている。

きっと…君も。

だから、最後に飛び切りの誕生日プレゼントを渡さないと。

頂上にいた時間は…数時間に感じた。

君も僕も…笑顔だった。

ゴンドラから降りた時。

2人の手は繋がっていた。







〜〜〜







あの日から3年。

もうここに、僕のそばに君はいない。

悪いのは全部…僕なんだ。

優しさに甘えていた。

愛を君に…ちゃんと伝えきれなかったんだ。

長い時間を経て、初めて失ったものに気づく。




君は今、本社で働いている。

物理的な距離さえ…遠くなってしまった。

もう2度と帰っては来ないんだ。




窓の外では、まだ霧雨が降っている。

ようやく気づいた…自分の愚かさ。

だから今日という日が終わる前に。

君に"ありがとう"と伝えたい。

一緒に過ごしてくれた時間に。

僕を愛してくれた君に。

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