"君"とは… Episode 8
今日は水曜日。
…この日のために頑張って来たんだ。
いつも通りの担任の長話。
昼までなんだから今日ぐらいどうにかしてほしい。
担任:…うい、じゃあ日直号令。明日も必ず来るんだぞ、学年集会あるからな。
挨拶もそこそこにすぐに教室を出た。
クラスの前には中西たちが居たが…目もくれなかった。
いつもバカみたいに話して騒いでいる。
中身の無い話で。
きっと初めから向いてなかったんだろう。
少し早歩きで向かう。
あの担任は空気を読んでくれない。
早く終われば、一緒に行けたというのに。
走りはしない。
会った時に息が上がってるのは何だか嫌だから。
ーーー
井上:●●、遅い。
●●:申し訳ないけど文句なら、うちの担任に言ってくれ…。
井上:クラスの前で待とうかと思ったけど…騒がしいグループが居たから。
●●:…あいつらはもう良いよ。本当に。
井上:とりあえず、お腹空いたしご飯食べよ。
●●:…オッケー。何食べる?
井上:ん〜…パスタ食べたい!
●●:じゃあ、あそこの喫茶店かな。
井上:うん、行こ。
ここの喫茶店。
この地域唯一の"喫茶店らしい"喫茶店。
放課後に語らったり、休日に語らったり。
仕事の合間に休憩に来ていたり。
お姉様方が優雅なお昼を過ごしていたり。
あるいは、いつも同じ席に座って同じメニューを頼みながら、本を読んでいる人がいたり…。
そういうイメージ通りの喫茶店らしい雰囲気が漂っている。
よく混雑していて、カッコつける人を見かける様な有名なチェーン店の雰囲気とは違う。
ドリンクとパスタが届く。
井上はナポリタン。
自分はミートソース。
井上:…そうそう、明日学年集会あるらしいね。
●●:あ〜、なんか担任が言ってた。何で夏講座中にするんだか。
井上:何か、賀喜先生から聞いたんだけど緊急集会らしいよ。
●●:ん?どういう意味?
井上:何か…理系の男子が夏講座の自習時間に学校抜け出そうとしたみたい。
●●:え、確かに抜け出したいとか思うけどそれ本気でするの…?
井上:ね、バカみたい。まあ、そもそもこの夏講座のシステム自体どうかと思うけどね。単位ないし。
●●:でも、そんなことで学年集会かよ…。
井上:本当だよね。
世間話をしながらのランチタイム。
こういう時間が1番青春を感じる。
井上:そういえば今日、何の教科するの?
●●:ん〜、古典か英語か…。
井上:じゃあ、数学。
●●:…嫌なのに。
井上:でもしないでしょ?
●●:…よく分かってるね、流石。
井上:私も家では数学進まないし。
2人して数学が苦手。
1年生の時、担当の先生にやいやい言われていた。
ーーー
食べ終わり、ややあって図書館へ向かう。
井上:…よいしょっと…。
●●:いつも重そう、井上のカバン。
井上:…整理が下手だし仕方ないでしょ。
●●:いやいや…何入ってるのよ。
井上:1ヶ月前のテストとか?
●●:いや、それぐらいなら自分のファイルにだって。
井上:あとは…社会全部入れっぱなし。
●●:いやそれだろ、絶対。資料集とかも?
井上:うん。
●●:いやいや…今のところまだ学校でしか使わないでしょ…。
井上:そんなことい〜の。ほら早くするよ?
エントランス付近の机と椅子のあるフリースペース。
その名の通り、自由に使える。会話もOK。
そういえば…誰かとも来た気がする。
…もう忘れたはずだが。
2人隣に並んで机に向かう。
●●:今日は確か…二次関数の演習だったっけ。
井上:とりあえず、今日の復習からだね。
高校数学には幾つかの山場があると言われる。
そのうち…「二次関数」が最初の山場とされる。
かく言う自分は、この井上との関係において…
特筆すべき山場すら越えられていないかもしれない。
ただひたすら…1つの"難問"に向き合っている。
数学のように"正しい解"を求めることができたらなんて、何度思ったか。
井上:●●、進み遅くない?
●●:…え?
井上:いや…もう少し早く進めるでしょ。
●●:ああ、ちょっと考え事してた。
井上:ふ〜ん。
ーーー
●●:よし、終わった〜。
井上:ねえ、まだ最後の問題解いてるから。
●●:ああ、ごめんごめん。
井上:ん〜。
●●:どうした?
井上:絶対ここの計算が合わないんだよね…。
●●:どれどれ…。
現状、少しだけ自分の方がまだ出来る。
といっても中の下ぐらいの成績なのでどんぐりの背比べだが。
…きっと、GW辺りの復習が効いたのだろう。
井上:よしできた。ありがと、●●。
●●:ん〜ん、全然。次は?
井上:…休憩したい。
●●:…って言うと思った。
井上:そこにカップで出てくる自販機あるしなんか買お。
ここの自販機…。
確かあの時は…自分がコーヒーで相手がジャスミンティーだったか…。
既にすれ違ってたんだ、きっと。
もう忘れたはずだが…。
井上:●●、何にする?
●●:…ぶどうスパークリングかな。
井上:じゃあ、私はジンジャーエール。
ーーー
休憩を挟んで、次の勉強へ。
井上:…。
●●:…。
井上:ん〜…。
●●:…。
2人ともに集中。
が、時々自分の頭をよぎることがある。
初めから分かっていたことではあるが…。
井上と2人で学校じゃない場所で勉強。
いくら何でも…と思ってしまう。
図書館のエントランスに近いこの場所。
向こうを歩く人達は自分達の姿を見て、きっと"そう"思うだろう。
…現実は"そう"ではない。
でも今だけは…独り占めしている。
井上がどう思っているかは分からなくとも。
どんな形であれ…。
ーーー
井上:よし、こっちも終わり。
●●:あ〜、疲れた。
井上:あ、もうこんな時間じゃん。
●●:いつもの時間は過ぎてるのか。
井上:どうする?
●●:…でも夏休み中も定期的にするんでしょ?
井上:●●が良ければ、そのつもりだけど。
●●:…じゃあ、今日は終わろ。だいぶ頑張ったよ。
井上:だよね。頑張った頑張った。
また…自分にきっと嘘をついている。
嘘の意味は違えど…あの時もここで嘘をついた。
"まだ、好きだよ"と。
きっと本性は変わっていないんだ。
ーーー
井上:今日もありがと。
●●:全然、井上のお陰で数学できたし。
井上:また次の勉強会の日、送るね。
●●:分かった、待ってるわ。
ありのままの感情に任せてしまえば…。
井上:じゃあ、また明日。
●●:…おう。また。
でも全部、そう簡単にはいかない。
…だから、今日も君を見送ってしまう。
そしてまた孤独の夜を迎えるんだ。
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