今井むつみ/野島久雄『人が学ぶということ』より

「それでは人間はどうしてくずし字やくせ字が理解できるのか? それは人間の場合には単に文字のパターンを「再認」しているのではなく、背景知識を使ってトップダウンにここはこういう文脈だからこういうことばがこなくてはならないはずだ、だからここの文字はこの文字でなければならないはずだ、というような推論を行っているからなのである。現在の文字認識システムは人間よりもずっと高速の処理ができるが、人間のようにトップダウンに「ここに来る文字は文脈から考えてこの文字でなければならないはずだ」というような推論をいっさい行っていない。つまり「理解」を行っていないのである。」(82ページ)

「〔…〕熟達者が初心者より優れた記憶を持っていたり、目のつけどころが違ったりするのは膨大な知識が再記述化を経て、構造化されているためであると考えられる。つまり熟達者の特徴的な行動の背後にあるのは、構造化された深い知識であると言ってもよい。したがって、逆に言うと、コンピュータのようにいくら知識をつめこんでも、コンピュータはその知識を人間のように柔軟に使えないわけである。また、同じ理由で、いくら人に「ここを見なさい」というたぐいの視覚訓練をしても、背後にある知識ベースが整理され、構造化されていなければ熟達者にはなれないのである。」(158ページ)

今井むつみ/野島久雄『人が学ぶということ 認知学習論からの視点』北樹出版、2003年。

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