ブックカバー⑤正統派ハードボイルド系~原寮

 探偵小説は「失ったもの」を見つけ出そうとする物語である。それは犯人なのか、仲間なのか、人間なのか、それとも愛なのか。2020年3月、世界中でコロナ狂騒曲が鳴り響く頃に7年ぶりに帰国した。この後、我々は「何を失い、何を見つけている」のだろうか。

 2004年の<愚か者死すべし>以来、原寮(はら・りょう)の長編が発売されたのは14年後の3月の<それまでの明日>であった。小説の舞台には東日本大震災の2011年前後が織り込まれている。ちょうど帰国していた私はマルセイユまで持ち帰り、貪るように読み込んだ。

 極端な寡作で、ミステリ界の生ける伝説と言われている原尞は、1988年のデビュー以来、発表した長篇はわずか4作、すべてが<探偵沢崎シリーズ>だ。70年代はフリーのジャズピアニストとして活躍し、翻訳ミステリを乱読したと言う。アメリカのハードボイルド作家<レイモンド・チャンドラー>に心酔し、探偵沢崎は名探偵<フィリップ・マーロウ>がモデルとなった。

 Wikipediによるとハードボイルド(hardboiled)とは、❖文芸用語としては<暴力的・反道徳的な内容>に批判を加えず、<客観的で簡潔な描写>で記述する手法・文体をいう。ミステリ分野では従来あった<思索型の探偵>に対して、<行動的でハードボイルドな性格の探偵>を登場させ、行動を描くことを主眼とした作風を表す用語として定着。❖

 日本の風土にハードボイルドを定着させた作品として高く評価されるが、その名を知る人は少ない。早川書房のWEBサイトで「原尞、7つの伝説」が掲載されている。
① 持ち込み原稿でデビュー
② 第2作「私が殺した少女」で直木賞、ミステリが市民権を得るようになる。
③ 10年に一度と寡作、ファンのなかには新作を読むことを生きがいにしている人もいる。
④ ひとつの出版社からしか出さない。大手出版社からの執筆依頼が殺到も、痺れを切らして諦めてしまったのだとか。
⑤ 書くのは沢崎シリーズのみ。原尞と沢崎は両切りピースを吸い、美術や映画、ジャズ、囲碁を愛好するなど共通点も多いが、あくまでも著者は自分ではないと言い切る。そこには男ならばこうありたい、こうあるべきだという理想像が反映されている
⑥ 出せば10万部超え、沢崎シリーズ合計では130万部に達している。沢崎は苗字のみで下の名前は作中一度も出てこない。明かす気はまったくないようだ。
⑦ かつては黒澤組にいた。これまで何度となくあった沢崎シリーズ映像化の話はいずれも実現していない。黒澤明が監督するのならばいいというのだが。

 現代日本はハードボイルドとは程遠いオジサン集団に統治されている。「オジサン」観察に励み、ライフワークとしている岡本純子氏は、安倍首相は記者会見などで、本当に知りたい具体的な数字やデータ、エビデンスの代わりに「根性ワード」を嫌というほど盛り込み、「します」を連発していると分析する。

◎勇ましい根性ワード=「しっかり」「着実に」「あらゆる」「確実に」「間違いなく」「大胆な」「前例のない」「思い切った」「絶対に」「これまでにない」「なんとしても」……。
◎多用する「します」表現=「検査体制を拡充していきます」「自治体ごとの体制構築を支援していきます」「医療防護服についても増産を強化します」……。


我々はコロナ世界後に「失ったもの」を取り戻すことが出来るのだろうか。

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