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うつ病?になってからの体験談



お久しぶりです。とっとです。
社会人2年目、うつ病と診断されて休職中。
自分のこころとからだをあとで客観的に見てみたくて、うつっぽくなるまで、なってからの記録を書こうと思います。

9月〜10月
恋愛でいろいろあり、両親の離婚というまあまあ大きなことがあったにも関わらず、わたしは元気でした。
5時間ぐらいしか眠らなくても、仕事でバリバリ動き、吹奏楽も週末掛け持ち何コマもこなしていました。
仕事も終電近くまでやったあと、カラオケで2時まで楽器吹いたり。。
これが本来の自分かもしれないし、本来の自分よりちょっとだけ元気だったかもしれませんでした。
躁鬱だったらあかんな〜と思うので、このときのことは覚えておかなきゃな。。

11月
私生活でライブイベントが重なり、そのせいでひどく落ち込む毎日でした。職場の飲み会で、「しんどい〜」「〇〇も〇〇もしたくないです〜」と泣き、暴れてました。職場では生気がない顔をしていたみたいです。
私の中では、私生活のせい、だったのでまあこれぐらいのストレスで落ち込むのも正常の範囲内だと思っていましたし、今もそう思っています。

12月
私生活のことも両親の離婚も、自分の中で「過去のもの」となった12月。
辛いことを思い出すこともありましたが、まあまあ普通に仕事もやって吹奏楽もやれていました。
ですが12月末、突然、職場で涙が止まらず、お腹が痛い、頭が重い、状態になり、仕事がなかなか進まなくなりました。
定時になったら、仕事が山積みでも、帰るしか方法がないような体調でした。
これはいかんなと自分でも思いました。たぶんこれメンタルの調子が悪いし、数日間ちゃんと休まなきゃいけないやつだ、って。
運良く正月休みが来て、4日間家でぐったりと寝たきりでした。
毎日泣いていたと思います。

年明け、上司に見てもらった仕事の書類は、それはそれは「酷い」ものだったそうです。
私はそれを聞いてまあまあ落ち込みました。


1月
正月休みで休んだあと、2週間ぐらいまあまあ調子が良かったのですが、また12月の感じに戻ってしまいました。
朝起きると頭が痛くて重い。
いつも8時ぐらいに行っていた職場なのに、ロッカーにこもっていたせいで8:20ぐらいにしか行けなくなり、先輩に特急に乗り遅れたか?と心配される。
パソコン画面の前に座っても、カーソルが動かせない。
複数人の先輩に、「最近仕事何しよる?」「最近元気ないね。」と言われる。
好きだった職場の飲み会も、「元気がないので」という理由で断るようになる。
よく通話していた人とも、元気がなくて通話を断るようになる。

これはおかしいな、と普段不眠で通っていたメンタルクリニックに相談し、抗うつ薬を処方してもらう。

2月

大きな本番が2/10,2/11と立て続けにあったが、それを控える2月頭までがつらかったです。
明日のことが「想像できない」のです。
鬱になると明日のことを薄っすらと期待できなくなると言いますが、全く明日のことを想像すらできず、
無論、合奏やアンサンブルの準備もできず、職場には這って通勤していました。
明日のことを想像できないにも関わらず、焦る気持ちばかりはいっちょ前にあって、職場では自分の席でじっとしていられず、うろちょろしていました。
仕事の能率は半分以下に落ちていたと思います。
ぜったいにやらないといけない仕事もできず、上司からは呆れられ、
昼休みはロッカーに引きこもり、一人でご飯を食べるか、昼ご飯抜きになっていました。食欲はまったくなかったです。

3月
抗うつ薬がききはじめたのか、涙が出る日が少なくなりました。でも、毎朝の頭痛や肩こり、いろいろな場所の痛みは変わらず。
頭の回転も悪く、あまり変わりませんでした。
アンサンブルの練習も、遅刻していったり、仮病を使って欠席したりと。

この頃には主治医に「うつ病の状態」とはっきり言われ、休職を勧められましたが、
まだやれると思っていた私は「出勤します」と返しました。
主治医は、「もしうつがひどく、2日連続で休んでしまったら、休職しましょう」と言ってくれました。
このころは焦り、人前で落ち着かない・恐怖が出る気持ちが大きく、職場でも待合室でもパニックになりそうで大変でした。

仕事ができない罪悪感、アンコンの練習で上手くやれない罪悪感も大きかったように思えます。

この頃は毎日死にたいとも考えていました。帰り道線路を眺めたり、
マンションから外を見下ろしたり。
いつでも死ねるよう、Amazonでロープを購入したりもしました。
3月頭には、実際にコードを使って首を絞めて死のうともしました。


アンコンが終わり、この先の大きな予定がなくなった私は、
職場でどうしても起きられず、一度欠勤してしまいました。
欠勤理由を上司に上手く説明できず、また、
職場で「この先、この調子でやっていても、治るのだろうか」という思いがあり、
また職場に出ると引き起こされる焦燥感が大きく、上司に打ち明けることにしました。
上司は暖かく聴いてくれ、産業医と面談することになりました。
そして、現場に出ることと、超勤の制限が出て、無事とっとは職場ではみんなの理解をえられるようになりました。有り難いです。


4月
調子の良い日がそこそこ続いていました。
…にも関わらず、一方で
死にたいという気持ちが続けて起こっており、紛らわすために大量の睡眠薬でODする習慣ができてしまっていました。波が大きい日々だったと思います。

また、ある日、「死にたい」とは思っていなかったのだが、「やっとやりたいことが見つかった!」という明るい気持ちで大量の抗うつ薬と睡眠薬でODしてしまいました。
まる1日昏睡し、当然次の日には職場に行けず、翌々日には職場を休んでメンタルクリニックに相談。
そこでそのまま休職の診断書を書いてもらう運びになりました。
ODした日のふわふわとした自分じゃないような高揚感、浮遊感は不思議で、今考えてもどうしてだろうと思います。

とりあえずここまで。

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