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雑談すらまともに出来ない

僕が思う「大人の条件」に、「他愛もない話が出来る」というのがある。笑いを起こすとか、気の利いた事を言うとかでもなく、ただ単純な、可もなく不可もないような雑談をしながら、会話をつないでいく。それが、大人という物である。そして残念ながら、僕にはその能力が無い。ハッキリ言って、皆無である。そのクセ変に気を使って会話を合わせようとした挙句、「実は、霊感があるんですよ」レベルのしょうもない小嘘をつきまくってしまい、その晩は激しい自己嫌悪に襲われる。30歳を超えてもなお、このように過剰な自意識を捨てられず、人付き合いが苦手だとかシャバい事を言ってるのだ。我ながら情けないが、事実なのだから仕方ない。もともと足の遅い人間が、大人になってから努力して100mを10秒台で走ろうと思ってもムリだったという話だ。
 
さて、話は去年の春。そんな僕が、ようやく始まる学生生活を祝して同級生たちが集まるピクニックに誘われた。しかも、そのピクニックには、40人近く集まるというではないか。これまでの人生で、そういう催し物に参加する機会に恵まれなかった僕にとって、この難易度は非常に高かった。今までマリオカートでしか運転した事ないのに、明日から左ハンドルのロールス・ロイスを運転させられるような物である。日本語でも雑談が下手なのに、これから後2年も一緒に過ごすのに、せっかく誘ってくれたのに、と大量の「のに」が、僕の頭を埋め尽くす。
 
それから僕は、こつこつと、そのピクニックに向けて、準備をし始めた。主にメンタル面の準備だった。まず、なるべく外出をして、外部からの刺激に慣れる。例えば、食料のまとめ買いをしないことで、毎日外に出るきっかけを作ったり、持ち帰りの弁当を待っている時間で、店員さんと軽く話してみる。それから、オンライン授業の時に、日本のアニメが好きだと言ってくれた子が何人か居たのだが、彼らに勧められた作品をまだ観ていなかったので、その予習をする。(約束のネバーランド、東京グールー、ハイキューなど)あとは、お笑い文化の違いによって、向こうがボケていると気づかずに笑えず、そのせいで空気が悪くなってしまう可能性を考慮して、イギリスのコメディー映画を沢山みた。
 
こういう事を言っていると、非常に高い確率で「何も考えずに、ただ楽しめば良いんだよ!さ、テキーラ飲んでブチ上がろ」と、腐ったミカンのようなアドバイスをしてくる輩が出てくる。「持っている人間」に「持っていない人間」の気持ちなんて分かるハズが無いのだから、勝手にブチ上がっていて下さい。とにかく僕にとっての「その日」は、これまでの人生と、これからの人生がジャッジされる、それくらい重要な意味を持っていた。なぜなら、メチャクチャ友達が欲しかったからである。
 
さあ、何だかんだダラダラ書いていたら結構な文字数になったので、当日の出来事については明日書く事にした。


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