ミュージカル「この世界の片隅に」制作を編曲者の視点から振り返る #4

演奏曲順に各曲を振り返っています。
この先ネタバレの可能性がありますので、これから初観劇、という方は閲覧に充分ご注意ください。



M11 醒めない夢
アンジェラならではの素晴らしいデュエットソング。
歌うのとても難しいとのこと。歌の聴きどころ、1幕の山場です。
すずと周作の皆さん、、この曲においてもそれぞれの個性が充分に出ていて、どの組み合わせを観ても素敵だし、発見があります。
そう、このミュージカル一番最初にアレンジしたのが、この曲だったように思います。
最初のアンダースコアはアンジェラ作。絶妙なメロディでほのぼのとした空気を醸します。
シンプルな伴奏形からサビは少しピアニスティックなピアノアレンジに。
甘いアコーディオンを絡めるアイデアは、割とすぐに思い浮かんだのを憶えています。昭和らしい音でもあるし。
アコーディオンは即興風でありながら、デモの段階からフレーズやニュアンスまで綿密に作っていたのですが、2ndキーボードの戸谷さんは装飾音からその微妙なニュアンスまでパーフェクトに再現してくれていて、素晴らしいです。感謝!
アコーディオンはこのミュージカルの、象徴的な音のひとつになりました。
間奏アンダースコアは映画のあとの、夜の呉の川にかかる橋の上からのロマンティックな散歩をイメージして作りました。
こちらもこのミュージカルを象徴する音のひとつとして沢山登場する、フリューゲルホルンのメロディをフィーチャーしています。
実は僕は呉に何度か行っていて、この橋の辺りも歩いたり、街を歩いたり、すずさん家も尋ねたりしたのですが、それがこうした描写に、楽器のメロディひとつ書くにも、大変役立ったなと思っています。
すずさん家の辺りから見た海は、まさにあの感じで、波のウサギが跳ねるのが見えるようでした。
生で感じると言うのは何にも勝る、イメージの源です。
その後の周作歌パートの弦は、少し攻めたカウンターラインを施しました。
そこから最後サビに抜ける部分は、役者の皆さんのお芝居の間合いや気持ちとのせめぎ合いがあって、この部分は稽古中アンジェラと相談しながら、一緒に何バージョンも作りました。
お芝居に寄り添えるものになっていたら、、良いのですが!
最後のサビの多幸感、、アンジェラは本当に良い曲書きますよね(今更)。

M12 変わっていく世界
影の落ちてくる、すずとりんの関係性。
すずの不安で複雑な心情をクローズアップしていくシンフォニックなアレンジで、劇的に一幕の最後を締めくくります。
「心がねじれてちぎれそうになる」の所の弦は、アレンジもねじらせてちぎれさせているのが密かなポイントです。


M13 アントラクト
2幕冒頭。ピアノのメインモチーフを崩していって、不協和音を施し、1幕最後の雰囲気を短くなぞり、繋げます。


M14 掘り出しもんみいつけた
2幕最初にして、最後の賑々しく楽しさのあるアンサンブル曲なので、少し冒険しても良いだろう、、ということで、思い切ってファンキーに笑、アレンジしました。
アルバムバージョンは振り切って完全ファンクなのですが、、演出上少しその色は抑えて、良き塩梅の所に落ち着いてます。
その良き塩梅のクールなファンキーさをバッチリ支えてくれているのが、ベース、ドラム、ギターのリズム隊。米光さん、坂入さん、成尾さんの表現力。いつもありがとうございます!


M15 モガとモボ
このミュージカルのアレンジを始めた時、昭和初期の時代、そして日常シーンが中心の話ではあるのですが、だからこそ音楽は多彩なジャンル、時代感が自然に混じったものに出来たら良いなと、漠然と思っていました。
ある程度時代考証的というか、昭和の雰囲気に沿わせたものを配置するのはもちろん、シリアスな場面はシンフォニック、クラシカルに、内的な心情を歌ったものや、テーマソング的な大きな歌は、オーソドックスなポップな歌物に、ファンタジーや遊びの要素のあるものはさらにジャンルを広げて、ジャズ、ファンク、ラテン、前衛的、音響的な響きまで。様々な色彩を出しながら、でも関連性を失わないようなバランスを保ってアレンジ配置する事を常に考えていました。
その中でもこの曲は、径子の記憶を歌ったファンタジーな一曲だったので、編成はコンボですがスウィング時代を思わせるクラリネットやホーン、ビブラフォンをフィーチャーした懐かしくロマンチックな、ジャジーなものにしました。
「砂のように消えた〜」の部分のビブラフォンは、アレンジ上気に入っている一節で、素敵に演奏していただいているパーカッション土屋さん、上原さんに感謝です。土屋さんには他の曲でも様々なアイデアを提供していただいてます。パーカッションが充実すると、曲が活き活きとします。
イントロでテーマを取るクラリネットは山口さん。素晴らしきマルチリード奏者で本業はサックスなのですが(今回サックスはなんと闇市のみ。。)、フルートも本当にお上手で、さらにピッコロ、クラリネットと、、どの楽器もクオリティが高く終始大活躍していただいてます。本当に凄い。。
この曲は唯一、自由演技のパート、ギターの成尾さんのリックも終始冴え渡って楽しいので、そこにも注目してみてください。
そうそう、冒頭のダンスも、、素敵ですよね!


M16 端っこ
すずが周作とりんの過去を思い、心情を歌う。
歌は切ないですが、アレンジはシンプルなポップスで。最初キャロルキングみたいな感じにしたい、、とアンジェラが言っていました。
そんなシンプルな4リズムに、バイオリン、チェロ、オーボエの3重奏とハープが乗ります。
その3重奏は、即興で絡んでいるような感じを出しながらしっかり決まっている、M11のアコーディオンに似たアプローチのアレンジです。
僕はオーボエ、コールアングレの音が大好きなので、このミュージカルにも要所の切ないメロディを多く担ってもらっています。次の「ウサギとサギ」もそうですね。
楽器編成を考える時、限られたパート数の中で木管はフルートと、、やはり今回はクラリネットやサックスよりもオーボエでした。フルートとのアンサンブルの交じりも良いように音色音量等調整していただいているのだと思います。
オーボエ海上さんにはレンジの提案などもしていただいて、いつも最高な演奏、感謝しています。
そしてやはり、、すずのお二人の歌唱、いつも胸に響きます。


M17 ウサギとサギ
M6「波のウサギ」のリプライズ曲。
後半、哲とすずの長い語りのアンダースコアが特徴的ですが、アンジェラに「ここは歌が無いからこそアレンジでグッと来させてもらわないと」とプレッシャーをかけられた笑、一曲です。
このアンダースコアはアンジェラが基本要素を作って、桑原さんがサイズ調整、僕が楽器アレンジをしたのですが、芝居の邪魔にならないように慎重に楽器のハーモニー、メロディを加えていきました。アンジェラが作った3音からなるシンプルなピアノ音型にアコースティックギターをユニゾンさせたのは、個人的に好きなサウンドで、密かに気に入っているポイントです。
その後のサビ進行のアンダースコアも、音は盛り上がりすぎずムードだけを盛り上げる弦メロにするべく試行錯誤して作ったけど、、どうだったかな。。
最後のアンサンブル歌唱で、刹那的な頂点を迎える感じ、その後最後の桑原さんのルバートピアノも切なく、独特の余韻が残ります。


M18 花祭り
こちらも切なく、舞台も盆の使われ方の美しさにおいても白眉な曲。
アンジェラのメロディもポップを極めています。
冒頭の祭り囃子の笛、アンジェラが知らずになんとなく作ったらしいのですが、なんと呉に似たような歌い回し祭りの曲があるようでびっくり!アンジェラ、、やはり生粋の日本人センスを持っているのだな。。と。
その祭り囃子の笛はピッコロで、名手山口さんが、「こうするともっと祭り囃子の笛っぽいです」と歌い回しを変えてくれて、さらに感心!!篠笛で吹いてるようにしか聴こえない。。
本編のアレンジは、弦と木管アンサンブルを主体とする彩り。りんが歌うAメロパートはオケ稽古中にオーダーを受けて作り替えたんだけど、とても良いものが出来たし、大サビから最後のサビにかけては弦管なども難しい箇所だとは思うのですが、見事にイメージ通り再現していただいて感謝です。
あとドラムの坂入さん、、今回はオケの歌合せ稽古の時に、色々な都合で各曲大変な調整変更祭りになってしまったのですが、、全て嫌な顔ひとつせず、音楽的に対応してくださって本当に助かりました。この曲に関しても、ドラムアレンジ坂入さん!とクレジットしても良いくらいで。
溜めて溜めて、入りのタイミングからいつも、グッときております。

M19 小さな手
この曲は演者や演出の皆さんの希望から、限りなくミニマムな伴奏になった曲。
おかげで親密さが増し、曲としてのキャラクターも濃くなった気がします。
みんなの意見で形作られていくのが、、ミュージカルなのだと改めて。
上田さんにアウトロは、周作を送り出すようなストリングスをつけて欲しい、とオーダーされて、今の形を作りました。


M20 歪んだ世界リプライズ
M2のリプライズ。
劇中最も悲痛な場面。
ここは役者の方々に全てを委ねる場所。
特にアレンジとしてのコメントは、、ありません。


続く

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